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「俺が優しい等と、何故思えるのだろうな……だが、其れで彼奴を手にしていられるのならと、否定出来ぬ己がいる」
「帝……」
憂える陽炎。其の心が曇るのは、やはり御寵愛の后妃錦への深い思い故。
「本来、彼奴の隣に居るべきなのは……俺では無いのかも知れない」
溜め息混じりの、一刀の言葉。今迄の己の生き方に、後悔する己がいる。錦を手にしてから、何処かで。
「いいえ。帝は、前帝と雛芥子様の思い、東の民の笑顔、平安……そして、后妃様の笑顔。其の御命で、全てを守っておいでなのです、全てを懸けて。そんな御方がお優しくない等と、何故仰いまするか」
一刀は、そう言うた陽炎を徐に振り返った。陽炎は、一刀を強く見詰める。
「守る為とは言え、勿論罪は罪。其れは、私や白夜も同じく……死した後に、天より裁きは必ずありましょう。今は、手にした幸せの為にも生きる事を」
一刀は、陽炎の言葉に目を伏せた。其処には、錦の笑顔が浮かぶ。
「ああ……そうだな」
呟く様な声。けれど、其れは何処か寂しげであった。
心晴れる事は無くとも、成すべき事は変わらず多くある。執務室にて、腰を下ろし筆を取った。処が。
「――帝!刑事隊より緊急の伝令が……!」
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