東の心の臓。

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 一方の、東の都。秋の風は、本の少し冷たく。其れでも心地よく吹く。東の御所も、そろそろ冬支度を始める頃である。年越し、年明けの準備もだ。后妃錦も、此の時季は忙しい。多くの女官達と共に、其の準備に掛かるのだ。時が流れ、季節を見詰め、后妃たる風格も滲み出し、少しずつ己の在り方を形として来た錦。思えば、引きこもり、世捨人の如く人との接触を恐れてきた錦には真に大きな、大きな成長。我が兄の君、いとおしき帝の為に、其の隣に相応しくありたい。其の思いひとつで踏み出してきた一歩は、気付けば沢山の歩みとなっていた。  そんな幸せで満ち足りた日々の中、錦は、更なる精進を重ねていた。東の御所には、武官達が利用する道場とは別に、帝の為に設けられている道場が在る。本日、錦は其処で時雨より剣術の指南を受けていた。道場に響く竹刀の音。錦が竹刀を握り、教えられた様に時雨へと向かうが、つい最近迄竹刀すら握る事の無かった錦が、一本も取る事は叶わないのは当然。小半刻も持たず、錦の体は剣術に在るべき身の形を整える事も困難の状態に。 「――本日は、此れ迄」 「あ、有り難う、御座いました……っ」  疲弊の中、取り敢えず礼を尽くす錦だが、直ぐに其の場へ転んでしまう始末。此の様子に時雨は溜め息を付きつつ、竹刀で己の肩を叩く仕草。
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