東の心の臓。

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 又も、熱に浮かされた様な表情で宣う錦。此の、恋に盲目過ぎる我が主へ突っ込みたい。お前にだけなのだと。時雨の冷ややかな視線が語っているが、錦は勿論気が付かない。 「……まぁ、帝ならば腕に覚えもあるだろうよ。お前と違って」  複雑な思い其のまま、話を反らす時雨。錦は、己への嫌みに眉を潜めた。 「だから頑張ってるだろうっ……一刀って、武道は全て凄いんだろうな。弓しか見た事無いけど……」  手に握る竹刀を眺める錦が、ふと呟く。 「そう言えば、確認は取れていないな……」  時雨もつい心の内を声にしてしまった。そうだ。未だに一刀が刀を振るう姿を見ていないと、時雨の表情が僅かに神妙なものに変わる。時雨が此処にいる理由のひとつに、東の帝の武に関する能力値を見極めると言う、些か難である任務も兼ねているのだ。  例の一件で捕らえられた西の武官は、其の実力を目の当たりにしたのだろうが、伝え聞いた話では、彼等が其の情報へ細部に渡り心を傾ける余裕等無かったろう。弓術の実力は、幸運にも以前に披露される機会があり、眺める事が出来た。勿論、驚くべき実力であった事は記憶している。あの驚異の集中力は、持って生まれたものだろうか。剣術の腕は未だに己の目では確認出来無い。だが、時雨は忘れてはいない。初めて対峙した時の、あの研ぎ澄まされた気迫。寒気を覚えた程の、あの感覚を。
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