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「一刀の剣術、見てみたいな」
錦の何気無い一言に、時雨の片眉が再び動いた。
「ならば、帝へ願い出てみてはどうだ?お前の勉強も兼ねてな」
等と言う時雨の提案に、錦も一刀の剣術が見たいと言う純粋な思いと、一刀と剣術の稽古と言うのも心が浮き立った。時雨も横目で、そんな錦の心情が分かるのだろう。一刀による、錦への寵愛は只ならぬもの。錦の存在は、西にとっての最も大きな盾である。其の錦の依頼となれば、どうだろうかと。
「そうか……聞いてみようかな」
時雨とは全く違い、思い人である一刀への好奇心があるのだろう。そんな言葉が出ていた錦だった。
其の後。鍛練の汗も流し、部屋へと戻った錦。其処へ丁度公務の合間に、一刀が錦の部屋へとやって来た。其の手には、美しい黒塗りの木箱。笑顔で己を迎えてくれた錦の前へ、其れが置かれる。
「──え、此れは何?」
目を丸くさせる后妃のあどけない反応。此れに、一刀が微笑む。
「お前のものだ、開けてみろ」
何であろうかと、期待する瞳を輝かせる錦は丁寧に其の箱の蓋を開ける。すると、更に輝く瞳の奥。
「素敵な雪駄だ……!」
雪駄は、此処東の国で多くの者が履き物として利用している物だ。美しい藤色の鼻緒には、花の刺繍が施されていて何とも粋な雪駄。其れを両手で取り、嬉しそうに眺める錦へ、一刀の表情は更に和らいでいく。
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