リハーサル

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リハーサル

 「では軽く、当日の流れを説明させてもらいますね」  ディレクターを名乗る男は丸いサングラスを外すこともなく、淡々と私たち一家に段取りを説明していた。  そう、私が持ち掛けた100万円の話とはテレビ番組への出演料で、以前応募していたものが幸運にも当選したのだった。 「……で、一通りスタジオで紹介が終わったらお宅にお邪魔させていただきます。晩御飯の風景から入りましょうか」 「あら、じゃあご馳走を作らなきゃね」  私は何の気なくぽつっと呟いただけだったが、ディレクターはやれやれと呆れた顔で首を振った。 「奥さん、この番組の趣旨分かってます? 貧乏家族ですよ? そんなご馳走を作って待たれてちゃ、視聴者から同情を得られません」  私はハッと気づき、頬が少し熱くなった。しかし次のディレクターの一言はそんな恥ずかしさを一瞬で吹き飛ばすものだった。 「ご飯はもやしで十分です。もやしにドレッシングをかけて食べていてください。……あ、いや、ドレッシングじゃなくて塩がいいな。ひもじさがアピールできる」  私は冗談かと思っていたが、ディレクターはどうやら本気で妙案が浮かんだという顔をしていた。私が抗議しようと口を開きかけると、ディレクターが先を制した。 「そのあと一人一人のインタビューに移りますので、貧乏エピソードを語っていってください。ここに台本がありますので、自分のセリフを覚えといてください」  ササッと家族一人一人に台本のコピーが配られた。私たち一同は緊張しながらも、まるで俳優のような気持ちがして、ウキウキと台本を開いた。しかし次第に皆の眉間に皺が寄っていくのが分かった。私は思わずディレクターに詰め寄った。 「ちょ、ちょっと! なんですかこれ! 嘘ばっかりじゃないですか! 私たちはたしかに貧乏ですけど、こんなに落ちぶれてはいませんよ!」  私がそういうのも無理はなかった。なんとそこには長女は継ぎはぎだらけの制服をまとい、陽向のおむつは本物の()を使い、私は鞄を買うお金がないのでスーパーのレジ袋をバッグの代わりに持ち歩いているという設定が書かれていた。  ディレクターは呆れたと言わんばかりにため息をついた。 「奥さん、今言ったばかりじゃないですか。番組は貧乏一家を題材にしてるんです。多少(・・)誇張しておいたほうが視聴者も哀れに感じてくれるんですよ」 「で、でも……」  これは誇張どころではなく、ありえない話ではないか。私が言い淀んでいるとディレクターが口を開いた。 「それとも出演を辞退しますか? 別にいいんですよ? 他にも出演したいご家庭はいっぱいあるんだから」  ディレクターはそっぽを向いた。 「100万円が欲しくないんですか?」  私はごくりと唾を飲みこんだ。他のみんなも同様に唾を飲み込む音が聞こえた。
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