見栄っ張りと貧乏神

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見栄っ張りと貧乏神

   あのカードも使えない、このカードも使えない。  私は仕方なく買いたかったブランドバッグと、新作パンプスを「検討しますね」なんてベタにごまかし、ひきつった笑顔をさせながら逃げるように、デパートをあとにした。  季節ごとに売り出される新作、限定商品、ハイブランドに弱いところは若い頃から変わらない。派遣社員で、こんなもの簡単に購入できる給料なんかもらっていないくせに、私はSNSでよそおう「理想」と、残高照会で目の当りにする「現実」でおぼれるように生きている。  と、言えばかっこいいかもしれないが要するに身の丈に合わない買い物ばかりしていて、お金がないのだ。すかんぴんというやつだ。  見栄っ張りは小さい頃から変わらないのね、せいぜい自分で乗り切りなさい。  実家に帰ったとき、お願いだからお金貸してって頼んだけれどもうすぐ四十になる自分に対して両親はどちらも冷たかった。小さい頃からみんなが欲しいものは誰よりも早く欲しがって、おもちゃ売り場やお菓子売り場で熱が出るほど泣き叫んで、ねだって、ひとしきり騒いでみっともない姿をさらすかわりに、全部手に入れてきた。  とはいえ、パパとママのお金だけど。  泣き叫ぶか、甘えればどうにかなると思っていた自分はそのまんま大人になって、今に至る。新卒で勤めた会社も続かないし、再就職しても続かない。楽もしたいし、お金もほしい。  残されたのはたいしたことない職務経歴書と、クレジットカードのなかで膨らみ続ける決済額だけ。  もしもし、もしもし。  そこでため息をつき、買い物を諦めたお姉さん。  よければ、お話をいたしませんか。  声がして、びくっと肩を震わせて振り返る。  そこには、みすぼらしい、ぼろぼろになった服を着ている、髪もひげも伸び放題になったおじいさんが立っていた。  顔は煤で真っ黒だし、手足も汚い。しかもはだしといういで立ちで、どこから見ても普通に働いている人間には見えない。 「ずいぶん困ったようすですなあ、お姉さん。無理もない、今まであたしがずっと、憑りついていたんですからね」 「と、憑り……?」  汗と垢と、加齢臭が混ざったようなあぶらっぽい臭いがする。  おじいさんからするものだと思うけれど、ここは銀座の並木通り。    さっきからたくさんの人が歩いているのに、おじいさんをチラチラ見る人は、誰もいない。 「ひゃひゃひゃ、あたしが見えるのは、お嬢さんだけだよお」  馬鹿にされたような気になって、頭にきたので「ふざけないでよ!」と声を荒らげた。通りかかった観光客らしき、派手なシャツにレギンスのおばさんがサングラスごしに私を見ている。 「怒るな怒るな、あたしだってこんな稼業じゃあなけりゃ、お姉さんに金の苦労させないですんだんだけどねえ」 「ど、どうして?」  うしろめたくて、バッグを隠す。  千円とちょっとの小銭しか入っていない、クリスマス限定の長財布とデパート限定のコフレポーチにはリップとプチプラでかためたコスメと、百均で買ったパスケース、そしてスマホ。  昨日使ったハンカチが入れっぱなしのまま、くしゃくしゃになっている。 「こんな姿しているけどねえ、あたしゃ一応神様だよ?貧乏神ってやつだけど。お姉さんのおかげで、ずいぶんとおいしい思いさせてもらったからそろそろおいとましようと思ってねえ」  いひひ、とおじいさんは黄色い歯を見せてにやにや笑う。いやらしい声と表情で、私はすっかりドン引きだ。貧乏神とか、そんなものいるはずない。どこか思い込みがはげしい、面倒くさいおじいさんとしか見えない。  がさがさ、がさがさとバッグの中がさわがしい。 「おっと、そろそろ交代みたいだから、あたしゃ出雲大社に泊まりにいこうか。こんななりだけどね、一応神様だから入れてくれるんだよ?飯も酒もたんとあるから、自分のお役目と引き換えにありつく体だけどねぇ」  おじいさんは、またいひひと笑った。 「はあ?なに言っているんです?おかしいんじゃないですか?」 「おかしい、ねえ……まあ、じきにわかるよ」  バッグのがさがさ、がさがさという音がだんだん大きくなってきた。  中身を確かめようと、ファスナーを開けたときだった。  びゅうん、という強い風が吹いた。  今年の春に新作で売り出されたシフォンスカートのすそをおさえて、目をぐっと閉じて、風がおさまるまでこらえる。 「なんなのよ、いったい……」  耳にひゅうひゅうと聞こえてくる風の音に混ざり、おじいさんの「お礼だよ」という声がした。  ひゅうひゅう、ひゅうひゅう。  がたがた、ごとごと。  ひゅうひゅう、ひゅうひゅう。  がたがた、かちゃん。  風が吹き抜け、止むと同時にカバンの中からしていた音も止んでいた。  中身を確かめると、私はぎょっとした。  お札で束ねられた、数十枚の一万円札。    きょろきょろと周囲を見渡し、いちばん近い地下鉄の入口に駆け込み、トイレの個室に入って、震える手で鍵を閉めた。 「なんなのよ、いったい……」  とげとげしく言いながらも、私の口元はほころんでいた。  お札には、見たことのない絵となにか呪文みたいな文字が連なっていた。  一万円札は、二、三枚を財布に残してあとは口座に預けた。  残高は一気に増えて、数千円から十万円ちょっと。  お金がないのは相変わらずだけれど、SNSはやめて、ブランド品は使うものを除いてすべて売ってしまった。結構なお金になったから、それも半分だけ預けた。  そういえば、部屋を片付けてから仕事もほめられたし、妙に周囲の人当たりもよくなった気がする。  おじいさんは、本当に貧乏神だったのかしら。  いまだに納得いかないまま、飲みたい気分になりコンビニへ行った時だ。    あっ。  すれちがった、どんよりうなだれたスーツ姿のおじさんの後ろに、おじいさんがぴったりとはりついていた。  内緒だよ、お姉さん。  おじいさん、もとい貧乏神は人差し指を口にそっとあてて「いひひ」と笑った。
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