銀河系、星と星の距離

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銀河系、星と星の距離

 呆れ顔で僕を見つめるクラスメイトの女子。  長い髪は月明かりに照らされ、天の川銀河のように(きら)めき、(はす)から見た横顔は顎が三日月のように綺麗な湾曲を見せ、目は数多の星の光を収束させたように瞳が爛漫と輝いている。  細く整った眉は芽吹いた葉のように美しく、唇は惑星の大気かと思わせるほど色素が薄いピンク色。  口元をやんわり上げると、陽のあたる場所のように、温かみのある笑顔を見せた。  何より人を引きつける目の輝きは、僕の気持ちを彼女の魅力へ、ワープさせるほどだ。  要するに僕は彼女のことが好きなんだ。  改めて思うと恥ずかしくなるけど、宇宙の神秘になぞらえてしまうほど、彼女の虜だ。  彼方の星が人を引きつけるように、彼女は僕の心を魅了する。  でもそれは、何百光年も先にある星へ思いをはせるように、片思いでしかないのだ。  僕は彼女と仲良くなる為に、天文に関する知識をあれこれ覚えた。  その介あって、彼女との会話には困ることはない。 「まぁね。思いのほか簡単だったよ」  嘘だ。  これは格好つけたいが為の虚勢。 「へぇ〜感心感心」  僕の側まで来た彼女は天体を見上げ、おもむろに語る。 「夏の大三角のベガとアルタイルは織姫と彦星なんだけど、このカップルの距離は何万光年も離れているんだ。年に一度じゃ、遠すぎて会いに行けないよね」 「そう」  僕の悪い癖だ。  つい愛想のない返事を返してしまう。 「でもね……」  彼女は二つの星の間に傾けた指をかざした。  指の先がベガを差し、第三関節が対面するアルタイルに重なり、二つの星間を彼女の針のように伸びる、人差し指が繋いだ。  彼女は屈託のない笑顔で僕に言う。 「ほら、見てよ? こうすれば織姫と彦星の距離がスゴい近くなったよ!」  彼女が肩寄せてくると横顔がすぐそばまで迫った。  地球に寄り添う月を眺めている気になる。  間近の彼女を眺めていることに、気持ちが耐えられなくなると、天空へ目をそらした。  彼女は語り続けた。 「こうやって星と星の間に指を重ねると、私の指は何百光年や何千光年って長い距離を、一瞬で結べるんだよ。これで織姫と彦星はいつでも一緒にいられるの。スゴいよね?」 「どこが? 指を重ねても星の距離は変わらないよ」 「もぉ〜、夢がないな〜。君はつまらない大人への道をまっしぐらだね」 「何言ってるのか全然わからない」  彼女は閉じていた指を広げて、めいいっぱい手の平を夜空へ近づける。 「星空に手をかざすと何万光年や何億光年、もっと広大な銀河団が私の手に収まるんだ。宇宙の全部が私の手の中で繋がって、思いも気持ちも一つにまとまっていく」  昔の人は湖に反射して写る月を、両手ですくい上げ月を持ち帰ろうとしたが、それと同じくらい彼女の言っていることはバカバカしくて、それでいて素敵な感性だった。  星々とテレパシーで交信しているのではないかと、錯覚させるほど彼女は他のクラスメイトとは違う、不思議な魅力に僕は惹きつけられる。  この惑星で彼女だけは特別な存在だと感じてしまう。  でも、その時の僕は彼女の感性を素直に受け止めることができず、ひねた受け答えしかできなかった。 「聞いていて恥ずかしくなるよ」 「あ〜、ひどいな〜」  彼女は何か思いついたのか、願いが叶う流れ星を見つけたようにはしゃぎ、ある提案をする。 「ねぇ、一緒にやろうよ?」 「無理」 「ほら?」  周りに生徒達がいて格好つけていたこともあり、彼女が強引に僕の腕を掴んで夜空にかざそうとしたので、思わず。 「いいよ!」  振り払ってソッポを向いた。  僕の反応に面を食らった彼女は、ようやく声を振り絞り答える。 「ご、ごめん――――――――」  彼女の声がか細くなると、天界から突き落とされた天使のように、現実へ引き戻された。
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