人妻の苦悩

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人妻の苦悩

 私は花音との待ち合わせの場所、昔、花音と行ったことのあるイタリアン・レストランへ出向いた。 「さあ、好きなモノ、注文してね。小銭が入ったから、驕るわ。」 「どうした、ネット株ででも儲けたのか。」 「知らないの。あのカイザーと士道 武(しどう たける)の決戦。日本では、どこもその話で盛り上がっていたのよ。愛仙は、女の事しか興味ないもんね。知らないのも、仕方ないか。 そんでね、どちらが勝つか、バイトの店長と賭けをしたの。店長は、絶対にカイザーが勝つと言い張っていたわ。あの店長、前から私に目を付けていたさ、私が推す士道武が勝てば十万円払う、カイザーが勝てば一晩付き合うことになっていたの。」  私は、絶句した。  昔は、こんなことを平気で口にするような女ではなかった。  ましてや、自分が賭けに関係していたとは思いもかけなかった。実は、私は士道 武のリングネームで顔を隠してカイザーと闘ったのであった。  そんな私の心を知ってか、知らずか花音は話を続けた。 「私は、格闘技の事は良くわからばいけど、士道武の瞳に懸けたの。何となく愛仙に似ているでしょ。それで、負けたら仕方ないかなあってね。店長にはお世話になっているし、まあ一晩くらい付き合ってやるのもいいかなって。」  花音が愛仙を上目使いに見上げた。昔は白百合の様に清純であったが、今は薔薇だ。これが人妻の色気かと感心する。 「花音、結婚していたはずだが。」 「愛仙の言いたいことは、よくわかるわ。ダンナとは上手くやっているわ。でもね、何だか結婚生活が楽しくないの。愛されているって、実感がイマイチわかないのよね。自分が何だかお手伝いさんか、部屋のインテリアにでもなったような気がしてね、寂しくてさ。結婚したら、世の中の男どもは、昔みたいにチヤホヤしてくれないしさ、全然楽しくない。」  私の愛する妻、茉莉もラーメン屋でバイトしているから、わかるような気がするが、それが結婚というものであろう。 「ご主人は、バイトしていることは知っているのか。」 「知るわけないじゃん。言ったら、ダメに決まっている。あの人、プライドだけは凄く高いからね。イタリア語と料理教室に通いたいと言ったら、許してくれたわ。バイトは、楽しいわよ。お客さんの私を見るギラギラした眼がたまんない。」  イタリア語と料理教室がファミレスのバイトとは、恐れ入った。知らないダンナさんが、可哀そうだ。少しは、同情したくなる。
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