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敵は蟷螂拳
王は私から離れ、間合いを取る。
両手を螳蟷手に作らず、左手は開いて前に出し、右拳を腰に当てた。
後足の右膝を曲げて、左足の膝を伸ばして、踵を上げた。
三尖相照、中々の構えである。
「おつ、七星式か。やるなあ。」
私は、つい、嬉しくなった。前を向いたまま、鞄を宙に放り投げると、
鞄は、見事に後ろの木の枝に引っかかった。
「お前、何者だ。」
王は、私の眼力と知識、この見事な術技に疑問を持った。
「只のサラリーマンですよ。趣味は格闘ゲームですがね。」
私は、変装用の度なし銀縁眼鏡を胸のポケットに仕舞ながら、白々しく答えた。
「そうか、ゲーマーか。日本人は、物まねが上手いからな。」
王は、自分を相手に何の構えもとらない私を不気味に思ったが、自分自身を鼓舞するために、むきになった。
私の構えは、目は半眼にて、全身を完全に脱力している。
柳生新陰流の無形の構えに通じるものであった。肖像画でよく見る宮本武蔵の二天一流の構えに通じるものである。
まるで、蛇ににらまれたカエルのように王は動けなかった。
『こいつ、ゲーマーなんかではない。花音の旦那でもない。騙された。』
今頃、気が付いた王は、冷や汗が全身から滴り落ちる。
「どうしたのですか。貴男のぶらさげているモノは、万年筆ですか。」
私は、あえて挑発した。
王はその挑発に乗った。乗らざるを得なかった。左拳でボクシングでいうジャブを打ち出し、右足で斧刃脚を繰り出した。並みの武人なら、膝を真正面から蹴り砕かれるであろう。
私は難なく躱すと、王はそのまま右拳、左拳と連続して突いてきた。
私がかわすや否や、さっと身を地面に伏せるようにして、足払いを仕掛けて来た。
並みの武人なら、後ろ向きに倒れて、後頭部を打つであろう。
私は、頭の位置はそのままにして、両足を尻に付けるようにして低く跳躍して、かわした。
着地は、王の足払いを仕掛けた足の右膝の横であった。
王は、背筋がゾッとした。流石に、手加減をされたのがわかる。折ろうと思えば折れたのに遊ばれているのがわかった。
王は頭に血が上った。その姿勢から左手で逆立ちするようにして、左足、右足で愛仙の顎を目掛けて、秘技・穿弓腿をぶちかました。
絶対に自信があったと思うが、私の姿を見失った。そして、気が付くと、目の前に私の右足があった。斧刃脚が顔面にピタリと寸止めされていたのである。
王は顔面蒼白となった。ヨロヨロと立ち上がり、不定不八式で構えるが呼吸も苦しい。
「もう終わりですか、面白くもなんともない。クソだな。」
王には、私が人の皮を被った悪魔に見えたに違いない。
悲鳴の様な気合を発し、ボクシングのようなフック、アッパーを打ち出して、私の態勢を崩した後、北派独特の大技・旋風脚を繰り出した。
しかし、窮鼠の逆襲も、猛虎には通じなかった。
私は難なく躱すと、王の背後を取った。この時の恐怖感を、王は一生忘れられない。
私は、延髄に軽く突きを入れてから、王の右腕を決めうつ伏せに地面に固めた。
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