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一時間が経過した。
FBI特別捜査官リーリーはトミーの前に再び現れた。リーリーはトミーの正面に座った。
ウェイトレスがテーブルの脇に立った。ウェイトレスはいぶかしげな目でリーリーを見ている。店に似つかわしくない雰囲気のリーリーを不審に思っているのかも知れない。
「何もいらないわ」
ウェイトレスを容赦なく追い払ってから、リーリーはサングラス越しにトミーを見つめた。
「結論から言います。あなたの希望は叶えられそうにないわ」
「なぜ?」
トミーは短く問いかけた。リーリーの返答によっては五百ドルを返して欲しいとさえ思っている。
「ジュリエット・ロンバルディは一九六六年以来、十九年間ただの一度も外出してないからよ」
「そんな馬鹿な」
「確かな情報よ。FBI連邦捜査局は一九六六年以来、ロンバルディ邸に出入りしたすべての人物の顔と名前を正確に把握してるのよ。エンツォの家族や組織の構成員はもちろんのこと、ピザの配達員から郵便配達員、それに配管工や家電の修理業者に至るまでひとり残らずね。ジュリエットは十九年間ただの一度も外出していない。盗聴と盗撮、ヘリコプターによる上空からの監視。考えられるすべての方法を駆使した上で導きだされた確かな結論よ」
リーリーは、トミーに何も話すなというように手のひらを向けた。
「人権の問題や法的な問題を盾にして突っ込まないでね。これが我々FBIのやりかただから」
リーリーはトミーが口を挟む間もなく話を続けた。
「エンツォの長女のジュリエットは、一九六六年にFBIが監視態勢を強化してから一度も屋敷の外に出ていない。きっとこれからも外には出ないでしょうね。ロンバルディ邸の敷地の外で彼女に接近するなんて不可能よ」
長い間、トミーとリーリーは無言で向かい合っていた。沈黙を破ったのはトミーだった。
「それで終わりか」
トミーの声は沈みきっていた。
「もちろん、これで終わりというんじゃ、あなたも納得できないでしょう。だからジュリエットの音声を録音したテープを持ってきたわ」
リーリーは、一本のカセットテープをルイヴィトンのハンドバッグから取り出した。
トミーがそれを受け取ろうと右手を差し出す前に、リーリーは「ただし」と鋭く言った。
「録音テープは渡せない。ここで再生して聴くだけなら構わないけど」
リーリーはソニーのウォークマンにカセットテープを挿入し、イヤホンの左側をトミーに手渡した。リーリーは右側を自らの耳に装着した。
「さあ、あなたもそれを耳に着けなさい。再生するわよ」
「ジュリエットの声か」
トミーはイヤホンの左側を手に取り、それを見つめていた。
「さあ、早く。ぐずぐずしないの。恋人同士がよくやるように、イヤホンを片側ずつ分けあって聴くのよ」
リーリーを一瞥してから、トミーはイヤホンを左耳にはめた。
リーリーはウォークマンの再生スイッチを押した。
「……一九八五年四月一日午後二時。録音対象人物はジュリエット・ロンバルディ。録音場所はロンバルディ邸内にて。担当はロジャー・ダグラス特別捜査官……」
雑音にまみれた無愛想な男性の声によって、音声の再生は始まった。
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