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「もう少しするとハロルド・ルイがある地点を通過する」
ポーリーは前を見たまま言った。
「それで、俺は何をすればいいんだ」
「ハロルドのクルマを停車させろ」
「どうやって?」
「いちいちうるさい野郎だな」
ポーリーが癇癪を起こすと手がつけられない。それは子供の頃からのお約束事だ。だからトミーは沈黙することに決めた。
「細かいディテールは後で説明する。取り敢えず大まかに説明するからてめえは黙って耳をすませてろ」
「わかった。黙ってるから話を続けてくれ」
「停車させたら、ハロルド・ルイを逮捕しろ」
何の容疑で逮捕?
令状はどうする?
抵抗されたらどうする?
訊きたいことは山ほどあった。
「それで?」
「用心棒のニッキー・ヴーには用がない。その場で放免しろ。ハロルド・ルイだけをパトカーに乗せてブルックリンのアルベルティ自動車整備工場まで連行するんだ。おまえの役目はそこまでだ。後はこっちの仕事だ」
「ポーリー。質問いいか」
「いいぞ」
「ハロルド・ルイを殺すつもりか」
「おまえには迷惑をかけないようにやる。チャイナタウンを火の海にもしない。だから安心しろ。中国人組織の長老のジェイク・ロウとエリック・チョウとはもちろん話がついてる。ハロルドの用心棒のニッキー・ヴーは買収済みだ。おまえの役割はハロルドをアジトに連れてくるだけだ。簡単な仕事だ」
「ハロルド・ルイとあんたは上手く行ってるんじゃなかったのか」
「上手く行ってるさ。ハロルドと和平交渉も結んだばかりだしな」
「だったらなぜ殺すんだ。生かしておいたら色々と利用価値もあるだろう。チャイナタウンの新代表のハロルド・ルイは若冠二十五歳の切れ者なんだろう。生かしておいて上手く手懐けるという選択肢はなかったのか」
「そんな選択肢はないな。ヤツは俺の友人のフランス人を無惨に殺しやがった」
「フランス人って誰だ」
「メルシエ。フランス外人部隊の大佐だ。引退後に武器商人となって大金持ちになった男だよ」
「あの大富豪か。一週間か十日ほど前のニュース番組で騒いでたな。ブルックリンで大富豪メルシエの遺体が発見されたと」
「遺体が発見なんて生易しいもんじゃねえぞ。俺の自動車整備工場にメルシエの生首が宅配で送りつけられたんだ」
「本当かよ」
「本当だ。疑うんならブルックリンの84分署に問い合わせてみればいい。例え管轄違いでもおまえは同業者なんだから、捜査情報の共有ぐらいしてくれるだろうよ」
ポーリーの顔を見た。嘘を言ってるようには見えなかった。
「なんてこった」
トミーは顔を左右にふった。
「そんな話、ちっとも知らなかったよ」
「ブルックリンはおまえの管轄外だし、警察も事件の核心部分は発表しなかったからな。ニュースでは遺体発見なんてソフトな言い回しをしてたが、実際には生首が箱から出てきたんだ。本当に惨たらしいもんだったぜ」
「メルシエの胴体は見つかったのか」
「いや、まだのようだ。どうせ永遠に見つからんだろう。とにかく俺は決めた。ハロルドを消す」
「メルシエの敵討ちってわけか」
「敵討ち?」
ポーリーは鼻で笑った。
「違うのか」
「俺はそんなロマンチストじゃねえぞ」
ポーリーは腹を抱えて笑った。
「ビジネスだ。俺はビジネス以外では人を殺さねえ。ビジネスはバランスさ」
「バランスか」
「そうだ。向こうはツーを失い、こっちはメルシエを失った。これで一対一。だが、それで終わりじゃねえぞ。バランスが取れたまんまじゃ負けと同じだからな。ビジネスは勝たなきゃ先がない。というわけで、次はハロルド・ルイの番というわけだ。ハロルドが消えてくれたら、ジェイク・ロウが中国人勢力の代表者となる。ロウとなら何の問題もなく手を取り合って行ける。ロウもチョウもハロルドには愛想をつかしてるんだ」
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