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ポンティアックはイースト川沿いの寂れた通りに停まった。奇しくもそこは、昨晩トミーがマリガンとブレナンのコンビと拳を交えて死闘を繰り広げた場所だった。
路上にパトカー仕様のダッジ・ディプロマットが停車していた。ダッジの車内にはひとりの男が見えた。見知らぬ顔だが、その後ろ暗い顔つきを見れば、組織の一員だと一発でわかる。
「あのパトカーを使え」
ポーリーはダッジを指差した。
「運転席にいるのはジョー・ミヌッチ。クイーンズのメッシーナの手下だ。おまえはジョーと一緒にあのパトカーに乗るんだ」
クイーンズのリカルド・メッシーナはポーリーと同じくロンバルディ・ファミリーの幹部だ。ポーリーはメッシーナから助っ人としてジョーを借りたというわけだ。
「あのパトカーの出どころは? まさか盗んだんじゃないだろうな」
「偽物さ。本物そっくりに作ったんだよ。良く出来てるだろう。アルベルティ自動車整備工場に作れないものはないぞ。救急車、消防車、霊柩車、なんでもござれだ」
ポーリーの高笑いを聞きながら、トミーは目を閉じて、そして深く項垂れた。
「偽物のパトカーに乗れと?」
トミーはしばらくの間項垂れていたが、やがて気を取り直し、ポーリーの話す作戦の詳細を真剣に聞いて頭にしっかり叩き込んだ。
「どうだ。手順を頭に入れたか」
「ああ。大丈夫だ」
「小道具は揃ってる。これを使え」
ポーリーが逮捕令状を差し出した。トミーはそれを受け取り、文面に素早く視線を走らせた。ハロルド・ルイの逮捕容疑は詐欺罪となっていた。
「詐欺罪、なのか?」
「肉屋のレイモンド・マーから購入したアヒルの肉の支払いがされてない。マーが訴えたという筋書きだ」
「初めから代金を支払う意思がないのにレイモンド・マーからアヒル三羽を騙し取ったって書いてあるけど、これは事実か」
「事実だ。ハロルドは覚えがあるはずだ」
「代金後払いで購入して、そのままカネを払うのを忘れてるだけじゃないのか」
「そうかも知れねえが、そんなのはこっちの知ったこっちゃねえんだよ。どうせ偽の逮捕状なんだ。白紙じゃ芸がないから取り敢えず何か書いといただけだ。細かい部分にこだわるな」
「無茶苦茶だ」
「何が無茶苦茶なもんか。てめえは警官だろう。この街は銃とバッジがあれば何だってやれるんだ。もっと自信を持ちやがれ。ハロルドにアヒル三羽を騙し取られたマーの無念を晴らしてやれ」
ポーリーは封筒を差し出した。トミーはそれを受け取った。見なくてもわかる。中身は札束だ。トミーはそれを上着のポケットの奥に押し込んだ。
トミーはポンティアックを降りて偽パトカーの助手席のドアを開けた。車内を覗き見た。運転席のジョーは地味な背広に身を包んで頭をオールバックにした三十五歳前後の男だった。ジョーの背広のポケットには警察バッジが光っていた。
「あんたがトミーかい」
ジョーが右手を差し出した。
「俺はクイーンズのジョー。リカルド・メッシーナの下で働いてる。今回、リカルドから言われて助っ人に来た」
「トミーだ。よろしくジョー」
トミーはジョーの右手を握り締め、それから助手席に身体を沈めた。
「あんた、現職の警官なんだってな」
「まあな」
トミーは短く返事をした。あまり身の上話はしたくない。
「俺も警官だったことがある」
「そうか。また警官になれて良かったな」
トミーがぶっきらぼうに言うと、ジョーは短く笑った。
パトカーは静かに走り出した。
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