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五十分ほどが経過した。
トミーは指定された2番街東8丁目リトルウクライナの交差点近くの公衆電話の前に立ち、受話器を耳に押しあてていた。電話はどこにも繋がっていない。あらかじめマリガンを介して指示された通り、電話を使うふりをしながらリーリー・ハーベイ・オズワルドが現れるのを待っている。
さらに数分が経過して約束の時刻ちょうどになった。そのとき、背後から不意にトミーの肩を叩く者があった。
トミーは驚きのあまり飛び上がった。
落とした受話器が振り子のように揺れていた。
後ろにも目を光らせているつもりだった。それでもトミーは、背後から接近する影に全然気づけていなかった。
「もしも私が殺し屋なら、あなたはとっくに死んでるわよ。お尻を撃たれて、はいお仕舞い」
女の声だった。振り返ってみると、色の濃いサングラスで顔を隠した四十少し前ぐらいの女がすぐ後ろにいた。一瞬だが、レベッカがそこにいるような錯覚を覚えた。だが、レベッカは二十一年も前に十三歳の若さで天に召されている。目の前の女はレベッカではない。女のブロンドの髪が、陽の光を受けて輝いていた。白いスーツを完璧に着こなした女は値踏みするようにトミーの上から下までを見つめた。
「あなたがロンゴ刑事ね」
「キミがリーリー・ハーベイ・オズワルド特別捜査官か。名前のイメージとは少し違うようだな」
「リーリー・オルランドFBI特別捜査官よ。オズワルドって、いくらなんでも酷すぎるわ。私に喧嘩売ってるの?」
マリガンに一杯食わされたらしい。道理でおかしいとは思っていた。
「いや、ちょっとふざけただけさ」
トミーが苦しい言い分けをすると、リーリーは短く快活に笑った。
「ふざけたのはマリガンでしょ。わかってるわ。ところで頼み事って何かしら。私はこう見えて忙しいのよ」
「マフィア首領のエンツォ・ロンバルディの長女ジュリエット・ロンバルディにさりげなく接近する方法を知りたい。ただし、条件がある。ロンバルディ邸の敷地の外でだ。もちろんジュリエットに接近するに際して、首領のエンツォとその息子のエンリコの目にだけは絶対に触れたくない」
トミーが封筒を差し出すと、リーリーは明後日の方角を見ながらそれをつかみ取った。
「一時間後、そこの食堂で会いましょう」
リーリーは目の前の食堂を指差した。
トミーは了解して頷いた。リーリーはハイヒールの音を残しながら颯爽と歩き去って行った。
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