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ニューヨークの冬は長い。凍てつくような寒さは容赦がなくて、それはさながら氷の精の怒りと罰をいっぺんに引き受けでもしたかのようだ。それでも長い冬が明けて春になった今、ようやく寒さは和らいでいる。道行く人々は分厚い鎧のような外套を脱ぎ去っていた。セントラルパークをはじめとする公園には美しい花が咲き乱れ、整然と立ち並ぶ形の良い木々は眩しいばかりの緑となっていた。 午後の日差しに眩惑されて、トミー・ロンゴは堪らず目を細めた。今日はトミー・ロンゴにとって久々の休日だった。いつものトミー・ロンゴなら休日はあまり出歩かない。だが、今日は別だった。レコードが欲しくなったのだ。ベトナムに従軍した若かりし頃、現地のラジオ番組で繰り返し聴いたあの曲を、あらためてレコードで聴いてみたくなったのだ。 最近の流行りの曲には興味がなかった。音楽を聴くなら、やはり十代の頃に聴いた六十年代ロックに限るのだった。トミー・ロンゴにとってあの曲は、懐かしのベトナムの記憶そのものだった。 懐かしの都サイゴンよ。純白のアオザイを身にまとったあの少女は達者で暮らしているだろうか。
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