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「いらっしゃいませ」
前回と同じように、懐中電灯を手に持ち怪しい面持ちでやってきた店員。真っ赤な壁には相変わらず悪趣味な絵画や雑貨が並んでいて、そこを通り抜け私はカウンターに座った。
「お一人?」
嬢王様のような出で立ちに磨きがかかったママのひと言に、私は注意深く頷いた。
あまり度数の高くないカクテルを注文し、目の前でシェーカーを振るママの姿を見つめる。この人は、全てを把握してるのか。それとも従業員の裏の顔については、放任主義なのか。
前者だと思った。みんながみんな善人だと思ったら大間違い。悪人は、ある時いきなりキバを向く。
「どうぞ」
脚の長い繊細なカクテルグラスが目の前に滑り込んできた。ほら、きた。
『…注文したのと違うような気がしますけど…』
「……サービスです。お一人ですよね?ようこそ、歓迎いたします」
ショートグラスのカクテルは、基本的にアルコール度数が高いものに使われる。ママからのサービス、早く酔わせて訳分からなくさせるか、私が女の園に興味を持ったと勘違いして、それを歓迎してくれたか。いずれにせよ、気を張ってなくちゃいけない。地下へ降りたら、そこにreiさんがいる。
私はカウンターの下で、隆二さんからもらった指輪をぎゅっと握った。大丈夫。私には隆二さんがいる。
、
「……今日お食事は?」
私からの言い出す前にママから地下への誘い。いいタイミングだと思った。こういっては失礼かもしれないけれど、一人だとこの店は刺激が強すぎる。
それに、他の女性客から私に向けられる好奇の目は、きっと”相手"探しのもの。時間が経つにつれて、それは色濃くなり、近づいてくる。
『いただきます』
私は立ち上がり、自分の足元を確認した。
大丈夫。9センチのヒールを履いているけど、きちんと歩けてる。
ビロードのカーテンの奥にひっそりと存在している階段を、一段一段ゆっくりと降りる。鼓動は嫌なリズムを奏で、手は氷のように冷たい。それなのに、汗でじんわりと手のひらが湿っていく。
「ごゆっくり」
接客してくれるはずのママは怪しい微笑みとともに来た道を戻り、鉄製の扉を閉めた。
誰もいない店内。静かな空間に、香ばしい香りが漂っていた。
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