相当な女

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「……あっ!あのサロンの写真の人…」 声がした方を振り返ると、先程まで隆二さんと相席していた男性が驚いた顔をしてそこにいた。 『あっ…』 視線が合うと、すぐに誰だか分かった。昨日、彼女と一緒にお店にきてくれた彼。サナが作ったガラス玉を使ったピアスを、彼女にプレゼントしていた彼。私は会釈して、近づいた。 来店してくれたお礼の言葉をかけると、その場でゆっくりと席を立ち上がった。曖昧な表情をしたから、きっと私に気がついていない。 だから、手ぐしで髪をゆるくまとめて、仕事中の姿を見せた。 「あ…」 心底驚いたような顔をして、気づかなかったという彼。それはそうだと思い、私は口元を隠しながら笑った。 そんなやり取りをしていると、隆二さんが後ろからやってきて、私の腰に手を添えた。 もう行くぞ。きっとそんな合図。 別れの挨拶をすると、目の前の彼は遠慮がちに口を開き、銀座のブライダルサロンに飾ってあるウェディングフォトの話をはじめた。 お正月明け、”ドレスを試着してみたら”と、隆二さんがいきなり連れて行ってくれたサロン。 レースをふんだんに使ったマーメイドスタイルのドレスを試着すると、お店から依頼されて数カットの撮影協力をしたんだっけ。 その中の一枚。二人で微笑み合う写真がサロンの店頭に飾られている。本当は、唇が触れ合う寸前のフォトを飾りたいって言われたけれど、隆二さんによってそれは却下された。 後で理由を聞いたら、簡単なことだった。 要は、“キス顔”を他人に見せたくないってこと。 だから、その写真は今、自宅の寝室に飾られている。 「お前、よく分かったな」 彼の問いに答えたのは隆二さん。その後に、”連絡してこい” みたいな事を言っていて、彼の手に名刺が握られている事に気がついた。 スカウトしたんだと思った。じゃなきゃ、隆二さんは名刺なんて渡さない。 だけど、彼の方は全く興味がないみたい。そうだよね、それが真っ当な反応だもの。 戸惑う彼を置いて、私たちは今夜の目的地へ向かうため歩き出した。 『主人がお世話になりました』 若干の照れもあって、未だに慣れない”主人”呼び。 「不倫じゃねぇよ、じゃーーな」 隆二さんのことだ。きっと私の事を面白おかしく”人妻とデート”なんて言っていたはずだ。
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