9570人が本棚に入れています
本棚に追加
/495ページ
玄関に向かって歩く私の後ろを、それはそれは見事な寝癖頭の隆二さんが目を半開きにさせながらついてくる。ベッド際で『ここでいいよ』って言ったのに、「見送る」って言って昨夜脱いだままに丸くなっていたスウェットを履いた。
『…これ……クリーニング出しときます?』
リビングを通り抜けた時に掴んだのは、強烈な香りは一晩経ってやわらいでいるものの、まだ微かに夜の香りを漂わせていた彼のスーツ。
「………頼むわ…下で言いな…」
私は彼のスーツを紙袋に入れた。その動作を壁に寄りかかって見ている隆二さん。私は彼の視線を背中に感じながら、袋の中で無造作に折り畳まれたスーツに視線を落とした。
彼は、これを着て一体どこに行っていたんだろう…。隆二さんは、私を探してたって言った。もう一度、怒られるのを覚悟で聞いてみる?
「……茉莉花…?」
『えっ、あ…ううん…』
疑ってどうするの?何も問題なんてないじゃない。隆二さんは、私を探してくれてたんだよ。
そうに決まってる。
『…それじゃあ行ってきます』
ハイヒールを履いて、カツンと踵を鳴らす。ふわっと背中に回された手が、優しく背中を撫でた。
「…気をつけて。ヒデキチに綺麗にしてもらってこいよ」
『……ヒデキチ…』
「…"ヒデちゃん”」
『………ヒデちゃん?!』
ヒデキチ…。今まで知らなかった本名がヒデキチだって思わぬところで判明した。
「アイツこの名前嫌がってるから言ってみな」
『やだぁ~…すっごいお化けみたいなメイクされちゃいそう…』
私たちはくすくす笑い合いながら、軽く唇を合わせて離れた。
「……遅くなるようなら連絡しろ」
『え、でも隆二さんもお付き合いで遅いんでしょ?』
「……だから心配だって言ってんだろ。連絡しろよ」
『は~い』
私は緩んだ顔と語尾が上がった声で返事をして、エレベーターに乗り込んだ。一階に着き、扉が開くと一直線にコンシェルジュの元へ。
朝の挨拶を交わし、スーツをクリーニングに出してくれるようお願いして、迎えの車に乗り込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!