怪しい夜の歩き方

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「そろそろ帰るか。新妻を連れ回しすぎると後で何されるか分かんないから」 久砂さんは笑いながら席を立ち、スマートに支払いを済ませて私の腰に手を添えた。ハジメさんは心底残念そうな顔をしたけど、すぐにとびきりの営業スマイルを浮かべた。 「また来てねぇ。それと、相談事があったらいつでも乗るわよ」 決して滑らかな動きとはいえない手首を動かしながら、手をひらひらさせて。”バチン “ と効果音がつきそうな深いウインクを二度くれた。 入口のドアを開けようとすると、久砂さんが伸ばした手より一瞬早くドアが開いた。目の前には、すでにどこかで飲んできた雰囲気のある女性客が二人。 「どうぞ」 久砂さんがドアを押さえて彼女たちを先に店内へと通した。二人が会釈したから、私もそれに倣う。 目の前を通り過ぎた後、知った香りが余韻を残し宙を漂った。 「あらいらっしゃい。今日も行ってきたの?」 「行ってきた~!あの店のご飯本当に美味しくて!」 気がついたら私は二人の横に立っていた。 『それ、どこのお店ですか?』 、 静けさに覆われた寝室。 最近はもうすっかり慣れてしまったけれど、この部屋に来たばかりの時は、何故こんなに静かなのか分からなかった。 もともと私が住んでいた部屋は、夜でも車のエンジン音とか人の生活音をすぐそこに感じていた。だけど、ここはそうじゃない。 全ての音をシャットアウトできるほど、空に近い。 なんて快適なんだろうって思った事もあったし、逆に静かすぎて不気味な時もあった。今は、しんみりするほどの静寂に包まれて、寂しい。 『…………はぁ…』 その寂しい部屋の中に、もう何度目か分からない私のため息が響く。 隆二さんが帰ってくるまで待っていようかと思ったけれど、色々な事を思うほど頭がこんがらがっていき、一先ず考えることを私は辞めた。 今のままじゃ、きっと余計なことを言ってしまうから。それならさっさと寝てしまおうってベッドに潜り込んだのに、この有様。 『…………はぁ…』 ため息の余韻が無くなった頃、玄関のドアが開く音がした。隆二さんのお帰りだ。
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