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ひたひたと、足音は真っ直ぐに寝室に向かってくる。私は息を殺してドアに背を向け、目を閉じた。
遠慮気味に開く扉の音は、隆二さんの優しさ。ベッドサイドまで来て、服の擦れる音で腰を屈めたんだと分かった。
少し顔を動かした際にはらりと落ちた髪。それを退かすように彼の指が私の頬を滑る。
かわいい、かわいいと頭を撫でられるのは、いつものこと。撫でた後に決まって髪にキスをくれるのも、いつものこと。
今日も隆二さんは私を想ってくれている。
薄眼を開けて、隆二さんが出て行ったのを確認してから私はまたため息をついた。愛しさと嬉しさ、切なさ、心の葛藤が詰まったため息。
それから少しして、シャワーを浴び終えた隆二さんがやってきた。変わらずドアに背を向けて寝たフリを決め込んでいる私に、ふわりと湯上りの香りが漂ってくる。
まだ熱が抜けきらない彼の腕が腰に回ってくる。それと同時に、うなじに唇の感触。好きだよ、寝る前にそう囁いてくれるのも、いつものこと。
背中に感じる隆二さんの温もり。全身で私を好きって伝えてきてくれるのに、何を隠しているの?
隠してることなんてないの?私の勘違い?
問題ない?ある?本質はどこにあるの?
私は、お腹に回った彼の腕に手を添えてから、ゆっくりと寝返りを打った。
目を開けて、じっと隆二さんを見つめると、彼もまた同じように私をじっと見つめてきた。室内の細かな光を取り込んだ瞳は、うるみながらゆらゆら揺れる。
隆二さんの手が私の頬を包み、親指が目の下を撫でた。そのまま彼は、少しだけ身体を起こして私を覗き込む。そして、目を細めながら、ふっ…と視線を下げた。
暗がりのなか、言葉を交わすこと無く静かに重なった唇。触れるだけの軽い口づけが、何度も何度も落ちてくる。途中、唇を挟んだり、舐めたり、遊びを入れてくるのが隆二さん流。
だけど、今夜は慈しむように大事に大事に触れてきた。まるで不安を取り除くように。私の心の中を見透かしたように。
「………どうした?」
心を締め付ける声。
「……そんな顔して…」
私は何も言わず、隆二さんの胸にすり寄った。そんな私を強く、強く、抱き締めてくれた。
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