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「とりあえず新宿方面向かってくださぁい」
タクシーの後部座席から身を乗り出すようにして、サナが運転手に伝えた。言い終えると、「はぁ…」と気の抜けた声を出しながら振り返り、座る私の全身を舐め回すように視線を動かした。そしてスマホを構えた。
「気合い入ってるよねぇ。デートです!ってすぐに分かるもん。隆二さんに見せてドタキャンしたこと後悔させてやろーっ」
『もぉ、カメラ向けないで。でも…ほんと…隆二さんらしくないよね。前はホテルにサナ呼んでくれたのに』
「………茉莉花…」
『んー?』
「……それ、久砂さんじゃん。隆二さんは客の女に会いに海外から戻ってきてて、ホテルで鉢合わせして、久砂さんが私たちに部屋用意してくれたんでしょ」
あぁ、そうだ。あの時は隆二さんからの連絡を全部無視してホテルで過ごして、翌日は仕事して、それで…
“お前に逢いたくて、俺が無理だった”
そんな甘いセリフを吐くために、彼はマカオからとんぼ帰りしてきたんだった。
『…と言うことは……別に今の状況は隆二さんにとって気にするに値しないってこと?……妻とのデートをドタキャンしても問題ないってこと?!代替案を提示しないのは、釣った魚に餌はやらんってこと?!』
「知らな~い、でも隆二さんは”釣った魚に餌与えまくり”な感じがしてたけど。ほら、もぉ~血圧あがってブスになるよ。ま、今日は探偵ごっこってことで。あ、運転手さ~ん、ドンキ寄って下さいドンキ」
『何買うの?』
「探偵ごっこには変装グッズでしょ~」
、
『これどうなの?』
「絶妙なブス加減がいい塩梅!」
ふた回りくらい目が小さく見える伊達眼鏡。
真正面から見ると、"なんか微妙に残念な人”に見えるから不思議。
だけど、これから行く店で鉢合わせするのは、隆二さんじゃない。お気に入りの女だ。
“なんか微妙に残念な女”としてなんて会いたくない。私は眼鏡を商品棚に戻し、背筋を伸ばした。
『行こう!』
「了解ボス」
振り返った彼女の目は、眼鏡のお陰なのか二倍ほど大きく見えた。なんていうか、あの原型をとどめないアプリの加工後みたいな顔してる。
『それ…外して…』
「了解ボス」
試合前の可笑しなウォーミングアップを済ませて、私たちは二丁目へ向かった。
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