ブラックマーケット

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ブラックマーケット

好きなひとの腕の中で目覚める幸せな朝。 大事そうに私を抱きしめながら寝息を立てている隆二さんの首すじにキスをして、ゆっくりと上下する胸元に頬を寄せて、また目を閉じた。 下腹部と内股に感じる違和感が、昨夜の交わりを鮮明に思い出させて、勝手に口元が緩んだ。 なんていうか、どう表現したらいいか分からない幸福感。快楽に負けて自分勝手に出されたわけじゃなくて、私も望んだこと。それがこんなに満たされるものだなんて想像してなかった。 私は、隆二さんの腰に回していた腕を離して、自分のお腹を撫でた。 「……腹痛い?」 パッと視線を上げたら、隆二さんが心配そうな顔をして私を見つめていた。 『…ううん、大丈夫……あ、おはよ…』 「……はよ」 彼の手が私の前髪をかきあげ、露わになったおでこに唇が触れた。いつもより、何となく甘やかに感じるその動作。私はまた隆二さんにくっついて、彼の香りを胸一杯に吸い込んだ。 そして、一緒にチェックアウトして、一緒に自宅に戻る。たった一日だけの、それも家出と言えないような家出の終わり。 私の代わりに大きな荷物を持った隆二さんが、その鞄をリビングの床に置いた。その流れのまま、ダイニングテーブルに寄りかかるように腰掛けて、私を見ながら両手を広げた。 “おいで” とも “ちょっと来い” とも言われてないけれど、駆け寄って押し倒す勢いで隆二さんに抱きついた。私の腕は彼の首へ、隆二さんの腕は私の腰へ。 「……もう家出すんなよ」 『はい……もしまた家出したくなったら、次は隆二さんを追い出すようにする』 「……おい。」 笑い合って、なんとなく離れがたくて、私たちは何度もキスをして、抱き合ったまま今夜の流れを確認した。 決戦は今夜、あの地下室で。 そして今、緊張のピークのなか私は決戦の舞台となるあの悪趣味の宝庫みたいな店の前に一人立っている。 隆二さんは、時間をずらして後から入店する。初めから一緒にいたら、reiさんが正体を隠すかもしれないからって。その代わり、電話を通話状態にしたまま入る。もちろん相手は隆二さん。頃合いを見て、やってくると。 ……ふぅ…。私はもう一度深呼吸をして、店の扉に手をかけた。
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