怪しい夜の歩き方

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怪しい夜の歩き方

遠くで鳴っていたアラームは、目覚めとともにうるさく耳に突き刺さった。寝ぼけた頭のまま手探りでスマホを探し出し、音を止める。 こうやって二人で毛布にすっぽりくるまって迎える朝が好き。だから私は、毎朝少しだけ早くアラームをかけて、まどろみながら隆二さんに擦り寄るの。 素肌で抱き合いながら、脚を絡めて彼の胸元に顔を埋める。規則正しい鼓動が安らぎを連れてきて、危うくまた夢の世界に行きかけて、現実に戻ってくる。うつらうつらしながら覚悟を決めて、私はようやくベッドから抜け出した。 シャワーを浴び、化粧をして、仕事に行く準備をする。出かける前に寝室を覗いたら、寝返りをうったのか、隆二さんはうつ伏せで枕を抱きしめるように眠っていた。 近づいて、毛布から出ている肩にキスをする。頬にかかる髪を指でどかして、そこにも口付けを。 『……いってきます』 耳元でささやいて、毛布をかけ直した。 「……今日…遅い…んだよな…?」 私の手を握りながら、もぞもぞと毛布に潜りこんだ隆二さん。 『あ、起こしちゃった?……おはよ』 挨拶の代わりなのか、繋いだ手に力が入った。だから私は、その手をきゅっと握り返す。 『仕事が終わったら、ヒデちゃんと一緒にメイクの最終確認です』 ヒデちゃんっていうのは、THE CLUB専属のヘアメイクアップアーティストで、二丁目界隈に精通しているオネエ様。式の話をしたら、「アタシの出番ってわけね」と熊野筆の極太ブラシを構えて、雑誌の撮影かと思われるくらいポーズを決めた。 夜は忙しいだろうし、私は明日からしばらく休暇をもらっているから昼間の打ち合わせでもいいって言ったのに、ヒデちゃんはそれを聞いた途端、「舐めんじゃないわよ小娘」って息巻いた。 “アタシはプロよ!日光の下で式を挙げるんじゃあるまいし、夜には夜のメイクがあるのっ!炎の光にも、月の光にも映える肌づくりには、その時間に合わせるのが一番なのよっ!!口ごたえしないでアタシに任せなさいっ!!それに…" ヒデちゃんはこちらが窒息してしまいそうな勢いでそうまくし立てた。 「……俺も遅くなるから、ゆっくりしてきな」 隆二さんが毛布からでてきた。
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