25日はほど遠い

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25日はほど遠い

『お金がない』 さっきから私の頭の中ではその言葉だけがぐるぐると回っている。 「お金がない…」 近くに放り投げたお洒落とは言えないが丈夫な鞄を手繰り寄せて財布を開いてみる。 「……」 まあ、なんて綺麗な銀世界。 財布の中ではアルミニウムの一円玉がキラキラと輝いていた。これが百円だったらまだ良かったのにな。 私はため息をつき、財布を閉じて鞄にしまうと布団の上へ寝転がる。 「給料日まであと10日…」 カレンダーの25の部分にはでかでかと赤いマジックペンで『給料日』の文字が書いてある。今日は15日、給料日にはまだ程遠い。 そもそも何故こうなったのか。私は指を折り数えながらお金がない原因について考えることにした。 「公共料金に携帯代、先月の終わりに結婚式のお祝い金、友達と買い物にランチ、後輩に夕食を奢り服を新調して…」 そこで考えるのを止めた。ダメだ、原因が多すぎてキリがない。 「ああ…お金がない…」 さて、あと10日をどう生きるか。 布団と畳の上をごろごろ回りながら考える。不幸中の幸いか、支払うべきものは既に支払っていた。 一週間前の私を褒めたい、さすが私。 「……ん?」 ふと、カーテンの下で何かが光り私は動きを止めた。起き上がってカーテンをめくる。 「こ、これは…!」 夕日で淡い光を放ちながら"そいつ"はそこにいた。金色の丸いフォーム、側面のギザギザ、表面に刻まれた500の文字─── 「ご、五百円…!」 すぐに拾い上げる。両手の中で感じる重みに胸の鼓動が速くなった。 確かにある。五百円が手の中にある───! その瞬間、沈んでいた気分が一気に上がった。モノクロに見えかけていた景色が今は鮮やかに見える。 傍から見れば大したことではないというのに人の心はこんなにも変わるのか。新発見だ。 「これは神のお恵みなんだ…これで何とか生きていける…」 私は夕日に手を合わせ、五百円を握り締めると家を飛び出した。 ───しかし神からのお恵みは一日では終わらなかった。 次の日には棚の中から百円玉、その次の日には服のポケットから割引のクーポン券。本の間から千円札が出てきた時には驚きと嬉しさで涙が出てきた。 「うふふふ…」 私は財布を見下ろして笑みをこぼす。銀世界だった財布に千円札が大人しく収まっているなんて今でも信じられない。 「そして明日は給料日…」 今日は24日、給料日はもう目の前だ。 ───大丈夫、余裕で乗り切れる。 だって私には千円という最強の味方がいるんだもの。 その日の夜、私は穏やかな気持ちで眠りについた。 ───25日の朝、携帯のアラームよりも早く目が覚めた。普段は騒がしい鳥の声ですら今日は優雅な音楽に聞こえてくる。 それほど私の心は穏やかなままだった。そう、何故なら今日はあの日だからだ。 アラームを消そうと携帯のロックを外す。 「……ん?」 "2020年4月16日(水) 6:12" 液晶画面に映し出された今日の日付と時間に私は目をこする。うん、きっと見間違いかな。 だって今日は25日─── 「違う!25日じゃない!」 一気に目が覚めた。何度見ても16日だ。 「じゃああの日々は…?」 全部夢?それどころかあの神からのお恵みもまさか夢だった? つまり私はお金がないまま!? 私は飛び起きて鞄を漁り、財布を開く。小銭の部分が銀世界なのはもうどうでもいい。 それよりもあの千円は、私の大事な野口英世は!? 「!」 財布の中でそいつは静かに収まっていた。黒の混じった青いインクで印刷されたあの人物が、いた。 「私の…───私の野口英世がいた〜!!」 荒れ果てた大地に一輪の花が咲くように肌荒れのひどいすっぴん顔にも笑顔の花が咲く。これは夢じゃなかった。 嬉しさでその場をぐるぐると回転する。給料日じゃなくても千円さえあれば何とか生きていける。 やっぱりこれは神からのお恵みなんだ。 私は上機嫌で玄関の新聞を取りに行く。 「まあ、9日なんてあっという間だし千円で乗り切れ───」 そこで言葉が止まる。ポストの中には新聞以外に一枚の小さな紙が入っていた。 機械的な書体で印字された紙の右上にピンクの付箋が貼られていて、手書きの丸っこい文字に女子らしさを感じる。…そんなことは置いておいて。 『区費を取りに来ましたが不在だったので…』 『区費 ¥1,000』 「せん…えん…」 文面を目で追った私はその場に崩れ落ちた。鮮やかな景色がモノクロへと変わる。 「私の野口英世が消えた…」 さて、あと9日をどう生きるか。 花が咲いた大地に冷たい風が吹いた瞬間だった。
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