名も知らぬ花

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職を失ってから、意外にも不安はなかった。 あれから頭を冷やして家賃四万のアパートに帰り、僕の帰りを待っていた彼女に面と向かって話した。 その時内心では、話の途中で隕石が降ってきてくれないかと願い、あるいは突如宝くじでも辺り今後一切の金銭の心配をしなくていい人生にならないものかと願った。 だがそれを、情けない現実逃避を静かに飲み込み、彼女には至って冷静に話をした。冷静だと思っていたのは自分だけかもしれなかったが、少なくとも泣き出すような真似は、その夜に縄で首を括るような真似はしなかった。 彼女の言葉は優しかった。「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返した。崩せる貯金もそれほどないことくらいは自分も知っていたが、それでもその言葉を必死に飲み込んだ。 「大丈夫、大丈夫」倣って繰り返す。 「焦らない、焦らない」倣って繰り返す。 ハローワークで自身の社会における必要性の低さを飲まされた帰り道。最初の一週間はなんとか堪えることが出来た。二週間目から、言葉が変わった。 くそったれ。くそったれ。 また社会へのあてどない怒りを、無自覚な抜かりがあった自身への叱責を、名も知らぬ白い花へと吐き捨てた。
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