梶くんは泣けない

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梶くんは泣けない

 その日も、いつもの様にお父ちゃんは仕事に出かけた。夏は過ぎたけど、残暑と言うらしい。国語の教科書で習った。まだ朝から蒸し暑い日やった。  居間の扇風機の前で、お母ちゃんが座り込んでいる。いつもと何かが違うんとちゃうんか、と思ったんやけど… 「お母ちゃん、大丈夫か。」 って聞いても、何にもないで、の繰り返しや。  僕もそろそろ学校に行く時間や。  お母ちゃんに、行ってきますするためにふすまを開けたら、お母ちゃんがしゃがみこんでいた。  なんや!どないしたんやお母ちゃん! とはすぐに言葉にせえへんかったけど、これはヤバいと思った。慌てる気持ちを抑えて、 「どっか痛いんか、お母ちゃん。」 って優しく声をかけてみた。 「お母ちゃん、吐きそうや。」 って言うから、とりあえず洗面器にビニール袋を被せて持って来た。 そしたら、一回、おえーっ、って言った後、横向きに倒れて 「痛い、痛い!さとる、背中痛い!」 って割と大きな声で叫び出したんや。 「どっちや、どっちの背中痛いんや。」 「右!右!」  僕には病気の事はよく分からへんけど、病院に行った方がええのは分かった。だって、僕には身体のことは治されへんのやもん。 「お母ちゃん、ちょっと待っててな。タクシー呼ぶか?」 「あ…う…ん。」  これは社会の教科書で習ったんやけど、奈良の大仏さんの所には、阿吽像っていうのがあって、二人がピッタリのタイミングで行動できることを「あうんの呼吸」って言うんやて。  なるほど、それほどええタイミングやったかな、と自画自賛しながらタクシー屋さんに電話しようとしていると、 「痛い!痛い!お母ちゃん、動かれへん!」 って、つまりはタクシーにも乗られへんってことやないか。そしたらもう… 「お母ちゃん、救急車呼ぶか?」 「うん、救急車呼んで!早よして!痛い!動かれへん!」  お母ちゃんは多分な、最初から救急車呼んで欲しかったんや。けど近所迷惑になるし、大ごとになるし、自分が甘えてるみたいに思われそうで…  僕が無理やりにでも救急車って言うのを待ってたんやと思う。それくらい痛くて、無理やりにでも運んでもらわんと、動かれへんくらい弱ってたんや。  救急車が来るまで、僕はお母ちゃんの背中を必死にさすった。こんな事で痛くなくなる訳と違うと思うけど。それでも出来ることはしたかったんや。  サイレンの音は、驚くほどすぐに聞こえ始めた。お母ちゃん、救急車きたでって言ったら、あああ、って一瞬お母ちゃんの体の力が抜けたようになった。  お母ちゃんは、担架に乗せられる時も、すごく痛がった。顔が歪んでた。ほんまはそんな顔見て僕はショックやったけど、その時はお母ちゃんを守ってやらんとアカンのやという気持ちが優先していた。  救急隊の人に、「痛い!痛い!」って怒ってたくらいやもん。こんなお母ちゃん見たことなかったわ。  隣のおばちゃんが心配して玄関先まで出てきてくれてた。どないしたんや、と。思いつく限りの事を話すと、おばちゃんは詳しくわからんけど、保険証と、お財布と、あと靴も忘れんと持って行きや、と教えてくれた。  おばちゃんの言うことだけ聞いて、そしたら救急車に一緒に乗ることになって、もう、僕はパニックや。救急隊員のおっちゃんに聞かれたこと、わかるだけ話して、隣でお母ちゃんは痛い痛いってずっと言ってるし、気が付いたら病院で。  お母ちゃんはすぐに検査を受けて、診察室の隣のベッドの部屋に移された。検査の結果がわからんと、原因がはっきりせんから根本的な治療は出来へんらしい。  しばらくして、看護師さんが、お母ちゃんが呼んでるから、と僕をベッドの部屋へ連れて行ってくれた。  お母ちゃんはまだ小さな声で、痛い痛い、と唸っていた。      〜執筆中〜
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