コイントス〜恋の行方

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コイントス〜恋の行方

「前から好きでした!あたしと付き合ってください。」 と、勇気を振り絞って告白したのは四之宮あづさである。  県立高校二年生、帰宅部、特に目立った特技はない。正直、いい返事なんて期待していない。だって、相手は学校でも人気の高いイケメンで有名な隣のクラスの男子なんだもの。 「へぇ、また突然だね。ってこういうのは慣れてるけど。」 ――やっぱり告白なんてしょっちゅうされてるんだぁ。 「で、俺のどこが好きになったの?」 「えっと、いつも授業が終わってから、お花に水遣りとかしてるし、飼育小屋のウサギに餌やってるの見かけたり、心の優しい人なのかなって…。」 「へぇ、そんなとこまで見てくれてたんだ。じゃあさ、ちょっとした賭けしてみない?」 「賭け?いやいや、ギャンブンルはちょっと。未成年ですし。」 「なに、簡単だよ。コイントス知ってる?表が出れば君の勝ち、晴れて俺たちは恋人同士。裏が出たらこのままサヨナラだ。」  と、懐から取り出したのはキラリと光る一枚のコイン。あづさに動揺が走る。(このままサヨナラなんて嫌だ。でも恋人になれたら嬉しい。イカサマでもしない限り、確率は五分五分だよね?) 「わかった!その勝負受けて立とうじゃないの!」 「よし決まった、使うのはこのコインだ。いくぞ!」  隣のクラスの男子……名前は佐藤優斗……表が出てこの人と付き合いたい!  優斗の親指からコインがはじかれる。くるくると空中で回転したコインはやがて速度を緩め、ゆっくりと落下しはじめる。あづさは固唾を呑んで見守った。  やがてコインは優斗の手中に収まった。 「さあ、どっちだと思う。」 「もちろん、表!だったらいいなぁ。」  塞いだ右手をゆっくりと開くと……。 「ねえ、表だよ佐藤君!」 「しゃあねえ、約束だ。付き合うか。」  こうして二人の恋愛はスタートしたのです。  朝起きて、おはようのメールが入ってくる。同じ登校路。授業は隣の教室同士で、早く会いたい気持ちが募る。  休憩のたびに優斗の姿を隣のクラスに確認しにいった。なんという用はない。例えば、他の女子と話していないか、とかしょうもない嫉妬からだったりするのだ。  あづさと優斗が付き合っているという噂はすぐに校内に広まった。それは優斗が群を抜いた人気者であったからである。やきもちを焼いた女子も多く、それなりに陰口のような嫌がらせもあった。 「陰口?そんなのほっときなよ?」 「でも、優斗君まで悪く言われる……。」 「四之宮は考えすぎ。俺らがそれで良けりゃいいじゃん?」 「それはそうだけど……。」  最近は日課のようになっている中庭での一緒の昼食時に、あづさは相談してみた。こうしていること自体も誰かの噂の的になっているかもしれない。 「そんなことより……。」 「そんなことってなによぅ。」 「明後日の日曜日暇?」 「暇だよ?」 「じゃあさ、どっか遊びにいかない?気晴らしにいいと思うけど。」 「行く行く!絶対行くっ!」  四之宮あづさ、16歳、人生初のデートである。 ……… …… …  デート当日、めいっぱいお洒落をして待ち合わせ場所に立っていたのはあづさの方だった。しかし三十分も先に着いてしまうとは……あづさにとってそれほどに重要な日だったのだ。  もし待ち合わせ場所が日陰でなければ、日焼け止めをベタ塗りしていたとしても、こんがりと日焼けしていたであろう。待ち合わせ五分前になってようやく優斗が姿を見せる。  遠くから優斗が歩いてくるのが見える。それだけであづさは緊張で、心臓がバクバク言って止まらない。 (うひゃー、デートって意識するだけでこんなに緊張しちゃうよぉ。) 「四之宮、待った?」 「全然だよぉ、ね、どこいこっか?」 「まずは……ベタだけど映画館かな。」 「わーい!映画大好きなんだぁ。」  待ち合わせの駅前から映画館までは歩いてすぐ。便利な立地である。エレベーターに乗り映画館のある階まで直行だ。 「エルフィンファンタジー、高校生二枚」 「三千円になります」 「あ、一人千五百円だね」 「いい、ここは俺が出すよ。」 「いいよいいよぉ、あたしバイト代入ったばっかだし。」 「こういうときは男に出させろって。」 「あ、ありがと……。」  暗い映画館の中、隣り合わせの席……手と手が触れそうな距離。正直映画の内容なんて覚えていない。 「ファンタジーなんて優しい優斗君らしいね。」 「そうか?結構どす黒い内容だったぞ?」  しまった……。 「次……次はどこいこっか?」 「四之宮、カラオケは苦手か?」 「んー上手じゃないけど好きだよ。」 「よし、じゃあカラオケいこう。」  カラオケは待ち時間もなくすんなりと部屋に入ることが出来た。急に距離が縮まる狭い空間。予想していなかったドキドキ。 「俺、ドリンクバー取ってくるよ。何がいい?」 「あ、じゃああたしメロンソーダで。」 「OK」  どうしよう、どうしよう。とりあえず親友の有希に電話してみるあづさ。 「もしもし、有希?」 『何?あづさ?あんたデート中じゃなかったっけ?』 「今ちょっと一人になったんだけど、どうしよう、一緒にカラオケに来ちゃったよ。」 『だから?』 「だから?って、カラオケだよ?密室だよ?」 『ノロケにしか聞こえんわ…。』 「ね、どうしたらいい?」 『私から言えることはひとつ、自分を大事にしな。』 「自分を大事に…、訳わかんないよう……あ、優斗君帰ってきた、じゃあ切るね、またね。」 『あ、ちょい、あづさ。』  ツーツー……。 「あれ、誰かと話してた?」 「あ、ちょっと電話来て、でももう用事済んだよ。」 「そっか、ならよかった。さ、先歌っていいよ。」  (えーっと、ガンダモンガンダモンは……と……あれ?) 「あのー優斗君……。」 「何、曲見つからない?」 「そうじゃなくて……あたし……。」 「何?そんな泣かなくても。」 「アニソンしか歌えませーん。」 「あぁ、そういうこと…。」 「よく考えたらJ-POPとか知らないのー!かっこ悪いー!」 「いいじゃんアニソン!俺、ガンダモンとか好きだよ?」 「ほんと?ほんとに?」 「ほんと。これでもプラモ集めてるんだぜ。」  (いい人ー)  そんなこんなで、アニソンだらけのカラオケも無事終了。  有希の残してくれた言葉『自分を大事に』か。  あづさは考えた。考え続けた。隣に優斗が居るのに失礼だとわかってはいても、考えずにはいられなかった。 「おーい。さっきからどうした?ぼーっとしてるけど?」 「ん……なんでもない。ごめんね。」 「ほら、このペンダント、四之宮に似合うかなって」 「わぁ、可愛いー!」 「よかった。おねえさん、これひとつください。」 「ちょっと待って、あたし受け取れないよ。」  初めての彼氏からの、初めてのプレゼント嬉しいはずなのに受け入れられない。 「どうして?こういうのは贈りあうのがいい派?」 「そうじゃなくて……あたし考えてみたの。今日、デートしてみて、すごく楽しかった、ドキドキした。あたし有頂天になってる。でもそれって、あのコイントスがあったからなんだって。五分五分の、50パーセントの、二分の一の確率で得られた偶然の結果なんだって……そう思ったら、なんだか怖くなってきちゃって……自分のこと大事に出来てないんじゃないかって思えてきちゃって……だからそれは受け取れない。」 「ねえ、知ってた?俺がずっと四之宮のこと見てたの…。」 「え?」 「ねえ、知ってた?ずっと恥ずかしくて四之宮に声かけられなかったこと…。」 「ちょ……ちょっと何…。」 「四之宮に告白されて嬉しかったこと。」 「なんで?なんでそんな話になるの?付き合えたのはコイントスであたしが勝ったから…。」 「このコインな…。」  優斗が財布からあの時のコインを取り出した。 「これ、どっちも表なのな。イカサマ用のコインなんだよ。つまり俺の答えは初めからイエスだった。男らしくないよな。好きな女子から告白されて素直に『好き』って返せないなんて。」 「優斗君。」 「四之宮。」 「バカバカバカ!あたしの一生分のドキドキを返せー!」 「あはは。ごめんごめん。ほんと俺ってバカ。でも今、四之宮とこうやってデートできててほんと幸せだよ。」 「あたしもだよ、優斗君。」 「四之宮……いや、あづさ……俺の気持ち受け取ってくれますか?」 ……… …… …  ある暑い日の昼休み。四之宮あづさの制服の胸元から覗くのは、キラリと銀色に輝く四葉のクローバーだった。
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