水を跳ねる魚

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水を跳ねる魚

   朝のガンジス河は沐浴する人々の雑踏と、白い煙と、汚水と雑菌に満ちていた。  宮本彰はガードに座り、ガンジスの流れを見つめていた。此岸から見る向こうの景色は、霧雨が降るようにぼんやりと霞がかって見えた。  男達が極彩色の布で包まれた遺体をガード下に運び入れてきた。薪を組み、その上に遺体を安置する。炎は瞬く間に燃え上がり、極彩色の布を包み込んだ。辺りに漂ったのは、タンパク質の焼ける匂い、人の皮膚と脂肪とが焼け焦げる、死の匂いだった。  火が熾きになると、竹竿を持った職人が現れて、燃え残った遺体を竹竿で叩き始めた。男が竹竿を振る度に、岸辺に乾いた音が響いた。背骨が砕け、焼け残った皮膚は裂かれて肉が露出し、内臓はじゅうじゅうと音を立てて崩れた。  一時間もすると、遺体は黒い墨の塊になった。遺族はそれらを奇麗な布で包むと、ガンジスへ投げ入れた。遺灰は川面に消え、泡のように跡形も見えなくなった。  宮本は煙草を取り出し、火を点けた。緩やかな水の流れ、死と生を飲み込む雄大なガンジス河はまるで三途の河原のよう。火を燃やし続ける此岸の向こう、朝日を浴びて蜂蜜色に光る彼岸はそのまま、人生の終着点のようにも見えた。
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