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今宵は月が美しい。
空を見上げると月は無く、夜の闇だけが世を全ている。
「新月とは、そこにいるのにいない事。それはこうも美しいものなのか。この景色が永劫続けばいいのにと思うのだが」
比琉胡は手を伸ばして空を掴む。
そのあるはずの月に恋焦がれてこの身が燃え尽きてしまいそうなほど熱くなる。
熱くなるのは体だけでは無い。
かつては心と呼べたその精神構造を成す曖昧な部分も熱くなる。
その手を妹淡洲の頬へそっと優しく当てる。
淡洲は感極まり頬を赤らめて兄の手に自分の手を添える。
「この世は苦しい。息をしている事さえ忘れてしまうほどに狂おしい。だから淡洲よ。お前だけは私から離れてくれるな。なぁ?」
兄の、その形容し難い恍惚な笑みを見据えて静かに頷く。
淡洲が成長していく程に似ていくこの顔。
私を腫れ物扱いしたあの顔と似てくる。
やめて下さい。そんな顔で見ないでください。失敗作だなんて言わないで。
やめて、捨てないで。お願いします。捨てないで。
でも、せめて。
せめて妹だけは…。
「お兄様?」
淡洲の声で我に帰る。
不安げな顔で私を見つめてくる淡洲が重なる。
眉をしかめ、苦虫を噛み潰したような顔で、私たち2人を見てくるあの2人。
先ほどまで心地よい気分だったのが一転した。
誰が悪いわけでも無い。
未だに根を張り巣食うその種はふとした時に比琉胡を蝕む毒となる。
気持ちを落ち着かせ、比琉胡と淡洲は闇へと消えた。
その痕跡は何者にも辿れず、彼等の手足であっても主人を見たことすら無いのが殆どだ。
巧妙に隠れ、世を乱し、人に害を成し続けるのは目的のための必然だった。
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