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自分の名前は山岳倶盧蜜という。歳は10になる。
山仕事をする父と、麓の織物屋で働く母との間に生まれた。
兄弟は一つ上の姉の夏葉、二つ下の弟の嬉々、さらに一つ下の妹の牡丹の4人兄妹。
一応は長男として産まれたが、正直臆病で、何をするにも姉に隠れて生きてきた。
両親は優しくて、いつも頼りない長男としている自分を責めたりしなかった。さらには姉は優しく頭を撫でてくれる。
そんな姉に甘えて、でも、弟や妹の手前しっかりしないといけないという気持ちに挟まれていた。
ある夜だった。
桜が舞う季節で、月明かりや星明かりに照らされた桜は美しかった。
夜桜と言うらしい。
父が教えてくれた。
この夜の桜を見るためにわざわざ京から来る人もいるのだとか。
そんな大層なものでも無いのだろうが、何故だろうか。
この時の自分はこの夜桜の美しさに心惹かれていた。
両脇に並ぶ桜並木を人の通った後にできた山道を歩きながら物思いにふけていた時だった。
父が足を止めて、獣道へと足を踏み入れる。
「父さん!そっちは!」
「しっ!」
父は叫ぶ自分の口を押さえて息を殺すよう言ってくる。
今回この山には獣狩りで入山した。
獲物は大鹿。
すばしっこくで、力が強い相手だ。
父はこの日、自分が1人で狩りができるように試験するのだと言う。
つまり、この獣狩りは自分1人の力でやれと言う事だった。
父に期待されている。
それがまた足を竦める。
「いたぞ」
小さな声でそう言う父の視線の先にそれはいた。
目の前に広がる池。
そこで水を飲む1匹の大鹿。
「…やれるな?」
やれる′か′では無く、やれる′な′か。
父には悪いがその期待には答えられそうに無い。
なんせ10歳の子供だからだ。
人の手で育てられた自分はいきなり野生に放たれても生きていけない。
返事のない息子を見て父ははぁとため息をつきかけた。
だが、猶は拳を握り立ち上がった。
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