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父は鉈を納め、膝をつき、倶盧蜜を諭すように語りかける。
ゆっくりと慎重に言葉を選ぶ。
「倶盧蜜。私たちは命を貰っている。今まで食べた物全て命だ。きのみだって全部が命なんだ。命を食べないと言うことはできない。私たちがこの世に産まれた責務として他の命を貰わなければならない。この大鹿も、そこの子鹿も何もかも…命を持って産まれた生き物は動物植物に関わらず他の命を糧にその生を全うしなければならない。これは人の勝手な解釈だ。だけど、父さんは自分でそう思った。だから倶盧蜜も自分の考えでいい。だからこそ、この子鹿をどうするかは倶盧蜜に委ねよう」
父は立ち上がり、倶盧蜜の判断を待った。
どんな考えであろうともそれを尊重する。
だから父は辺りを警戒していた。
この山に住むのは大鹿だけでは無い。
他の凶暴な動物達もいる。
それにあいつらもいつ来るかわからない。
待てる時間はそれほど無いが、それでも待った。
倶盧蜜は今なお小さな鳴き声を上げ続けている子鹿を優しく抱きしめた。
子鹿は顔を上げる。
倶盧蜜は悲しみから涙を流していた。
子鹿はその涙を舐める。
「ごめんな、本当に、ごめん」
倶盧蜜はそう言うと立ち上がり、大鹿の手足を縄で縛り始めた。
その姿を見て父は微笑む。
息子が下した決断に安堵したのかもしれない。
父が大鹿を担ぎ上げ、倶盧蜜は子鹿の頭を優しく撫でる。
「元気でな」
そう言って2人は帰路についた。
家に帰り着くと、いつもの景色だった。
食事の支度をしている母と帰りを待っていた姉と弟達。
父の担いでいる大鹿にはしゃぐ下の子達は無我夢中で大鹿を取り合っている。
姉はそっと倶盧蜜を抱きしめた。
「お疲れ様。頑張ったね」
まだ心ここにあらずだった倶盧蜜は姉の温もりを感じて、姉を抱きしめた。
この温かい、心地の良い体温をあの子鹿も最後まで感じていたのだろうか。
そう思うとまた心の中を悲しみが支配する。
倶盧蜜はそのまま夏葉の腕の中で眠ってしまった。
「疲れたんだろう。大変だったからな」
父は夏葉からそっと倶盧蜜を貰うと寝床へと寝かせた。
嬉々と牡丹は眠ってしまった兄を心配そうに見つめる。
それは夏葉も同じだったが何事も無い弟を見て安心し母の手伝いを始める。
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