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言う事を聞かない体をなんとか動かして近づくと倶盧蜜は驚愕した。
今まで見た事ない表情で殴りつける姉、夏葉の姿があった。
夏葉は相手が動く気配が無くともお構い無しに殴り続けている。
息を荒げ、目を見開き、その顔に殴りつけるたびに返り血が飛ぼうとも止めない。
声が出なかった。
「あぁ、ね、」
それが精一杯。
それが届いたのかはわからない。
夏葉はピタリと殴打を止めると相手が完全に動いていないのを確かめる。ゆらりと立ち上がるとこちらを見てくる。
その姉の顔はいつもの顔に戻っていた。
よろよろと近づいてくる夏葉。
ようやく倶盧蜜も声が出た。
「姉さん」
夏葉は静かに見下ろす。
そんな姉を見上げて、そして倒れている死体をよく見てみるとまた言葉を失った。
あれは、あの服は父さん!?
体が震える。
ばっ、ばっ、と視界をずらして家の方も見ると玄関には嬉々と牡丹を抱いたまま目を見開き死んでいる母の姿があった。
嬉々と牡丹の首は無かった。
何が起こっている?理解できないその現状に心が不安定になる。
思考が追いつかない。
状況を整理できない。
意味がわからない。
ただそこにある事実として姉は父を嬲り殺した。
それはまだ幼い倶盧蜜にとって心に深い傷を負わせるには十分すぎる物だ。
姉が手を差し伸べてくるのをハイハイを覚えたての幼児のようにどこかギクシャクとした動作で逃げた。
その時の姉の顔なんて見れたものじゃない。
怖くて見れない。
倶盧蜜の行方の先には子鹿がいた。
頼れるはずもない。
人ではないのだから。
それでも子鹿を目指し、助けを乞うように逃げる。
ゆらゆらと姉が近づいている気配がする。
殺される!父のように殺される!
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