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その日から彼の家の前を散歩コースにして、毎週末通い詰めた。
毎回会えるわけではなかったが、姿を見ることができたときは挨拶をした。
挨拶から短い会話になって、三か月後くらいには家でお茶を出してもらうくらいには仲良くなれた。
初めて家に上がった時は驚いた。男の一人暮らしなのに、カーテンや出された茶器はかわいらしいデザインだった。でも、私はそれを彼の意外な一面と捉えて、勝手にときめきを募らせた。
彼と出会って半年が経ったころ、お茶を飲む仲から、一緒に映画を観る仲にランクアップした。自分の一押しの映画を交代で出しあって、ソファーに並んで観るのだ。私と彼の間には、30センチほどの距離があった。この距離を埋めたい。越えたい。でも、できない。
彼が時折見せる寂しそうな表情に気づかないわけがなかった。そして、その表情の理由は、きっとあの部屋の向こうにある。いつも閉められている扉。一度そこに近づこうとしたとき、初めて見せた激情。
「そこは、触らないで」
いつも聞いているホッとするような優しい声とは違った。冷たくて、震えるような。ほんの一瞬だった。次に発したごめんね、という言葉はいつも通りの声色だった。
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