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「やっぱり隠れてたんじゃねーか。おい!出て来い!!」
ベランダに刃先を向けて夫が叫んだ。しかし、窓が開く気配はない。
夫はしびれを切らし、自ら歩み寄っていった。
そして窓を開けようと手を伸ばした時だった。
夫は突如声を上げ、「なんだ、お前は!!」と、叫んだ。
何かに攻撃されているのか、夫はその場に頭を抱えてうずくまり、包丁を手放した。床に置かれた包丁を夫が手で払うと、床を滑って部屋の隅に飛んで行った。
身体をくねらせ、頭から血を流して声を上げる。
私は何もできずにその光景を黙って見ていた。このまま死んでくれたらいい。そう思ってしまった。
しかし、そんな思いが災いを招いてしまった。
気づけば徹がバットを持って、夫の隣に立っていたのだ。
夫は徹の姿に気づき、手を伸ばして救いを求めていた。
しかし、そんな夫にとどめを刺したのは、他でもない徹だった。
大きくバットを振り落とし、夫の頭を何度も殴りつけたのだ。
「徹!!」
私は発狂した。
まさか息子が夫を攻撃するとは思っていなかった。
「徹っ!やめなさい!!もうやめて!!もういいのよ!!」
私が徹の身体にしがみつくと、徹は小さな手からバットを落とした。
怖かった。人を殴った息子が…怖かった。見たことのない顔でバットを振り上げる様子が恐ろしくて…しばらくの間動けなかった自分が情けなくて……。
涙が出た。
「徹…ごめんね……」
私がもっと自分の気持ちに素直に生きていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
徹の顔を覗き込むと、その顔に血の斑点がついていた。
夫の頭から飛び散った血液だ。
私は恐る恐る床に伸びている夫の姿に視線を向けた。夫はピクリとも動かず、床に寝そべっていた。窓から逃げようとしていたのかもしれない。
逃げきれなかった夫は、死んでいた。
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