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翌日、私は何事もなかったようにふるまう努力をした。母に心配はかけられない。これ以上、不安要素を増やしたくなかった。
しかし、夫の会社から電話がかかて来て、母は不審に思ったようだ。
「家に帰るわ。あの人、仕事に行ってないみたい。会社の人が困ってるの」
私はいたって冷静にそう告げた。
「そう。あんな人でも必要とされるのね。もう離婚しちゃえばいいじゃない。いつまであの家にいるつもり?私はいいのよ。この家に帰ってきてくれても。徹ちゃんと一緒にいられるしね」
母はいつまでも私を甘やかせてくれる。いつでも味方でいてくれる。私も、いつだって徹の味方でいたい……。
「今はまだ我慢するわ。とりあえず、今日は帰るわね」
私は再び荷物をまとめて家に帰ることにした。
自宅に着くと、夫の同僚が待っていた。心配してきてくれたようだ。
「奥さん、すみません。お忙しいところ」
「いいえ。かえってすみません。ご迷惑かけちゃって……」
ありきたりな挨拶を済ませて、夫の遺体を発見した。
しかし、最後に見た夫の遺体と違うことに気づいて、全身に鳥肌が立った。
夫はあおむけで倒れていた。私は死んだ夫の顔を見ることもなく、この家を出たはずなのに、うつぶせで倒れていた夫はあおむけになり、私の顔を恨めしそうに見つめながら、口を大きく開けていた。
「嘘よ……」
思わず飛び出した言葉に自分で驚いた。
すると、私の横をすっと通過した陰に気づいた。徹だった。
徹は床に落ちていたバットを拾い上げ、いつもとは違う凛々しい顔で言った。
「僕が守るんだ。お母さんは…僕が守る」
いったい何が徹を動かしているのだろう。恐ろしくなって、徹の手からバットを叩き落とした。
それでも徹は「僕が守る」と、呟いていた。
夫の同僚が警察に電話を掛けにいっている間、台所の様子を見に行った。昨夜何度も予習したことを思い返して、証拠隠滅を図ろうとしたのだ。
しかしまた、私は愕然とすることになる。
昨夜用意しておいた夕飯はなくなっており、汚れた皿だけが一人分、シンクの中に置かれていた───。
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