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創太と飛鳥
六畳二間のボロいアパートの一室。
俺たちは一つのブランケットを分け合い、身を寄せ合うようにしてテレビを見ている。
ちらっと隣に座る飛鳥を覗き見るとじっと食い入るようにテレビのバラエティ番組を見て……楽しそうだな。
小さく、薄桃色の色素のない唇を開けて、声のない笑い声をあげる。
ーーー飛鳥には声がない。
子供のころに声帯に腫瘍ができて、すべて摘出してしまったのだと言っていた。
その後訓練などをすればよかったのかもしれないが、母子家庭でそんなお金もなかったから、そのまま大きくなってしまった……らしい。
パチッと目が合った。飛鳥は長いまつ毛に縁どられた茶色い瞳をゆらし、不思議そうな顔をしていた。
机の上に置かれたホワイトボードに手を伸ばし、とん、とんとん、と文字を書き込む。
『面白くない?』
「……いや、」
飛鳥を見てるのは面白い、と言いかけてやめた。
飛鳥は柔らかそうな色素のない髪の毛を揺らして小さく笑った。
『おれ、この芸人さんけっこう好きだよ』
「ふーん」
『この間やってたコントがね…』
とん、とんとん、これはもはや飛鳥の声の一つだと思っている。
笑っても、口元を息が通るだけで音が鳴らない。
それでも俺以上におしゃべりだし、楽しそうだし、にぎやかだ。
『おれ、うるさい?』
ひとしきりコントについて話し終えたあと、ぽつりと訊いてきた。
伺うようにそっと覗きこまれ、上目遣いがかわいらしい。
「いや、楽しい」
『創太は声が出るのに無口だ』
「……飛鳥は、にぎやかだ」
君がいるだけで、世界に彩りが生まれる。
……ほら、花をほころばせるように飛鳥は笑った。
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