鈴蘭の彼女

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 僕は、今度こそ物理的に手を伸ばそうとした。だが、動かない。いつの間にか身体が鈴蘭の群生に絡み取られて、囚われていた。ここで初めて、ひっと息を飲む。  次の瞬間、目の前の鈴蘭の小さな花が僕を嘲笑うかのように花弁を広げる。その中には人の顔があった。雄蕊と雌蕊の配置がそう見えるだけ、ということはない。  人面鈴蘭が、そこにいた。 「メアリー」  メアリーを宿した花は見る間に急成長し、お化けのように大きくなる。最後にこちらを見下ろして、カッとその目と口を開いた。  そこからは唾液のように粘着質な白い滝が垂れ流され、頭の天元からそれを受ける。足元には見る間に沼が現れた。  これはミルクか禁断の薬か、洗礼か。はたまた二度と戻れぬ別の何かへと続く出口なのか。水面には、いつも通り醜い僕の顔と凛と澄ました鈴蘭が映り込んでいる。  僕は引きずり込まれるようにして、底なしのどこかへ沈んでいった。  声はあげなかった。絡みつくのは過去の記憶から恨みと罪を優しく包み込む彼女の手。心身が漂白されていく過程に恍惚として浸る。彼女と一心同体になっていくかのような幸せと許し。  この御業(みわざ)が表す真の意味は、鈴蘭のみぞ知るのだろう。
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