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僕とヒロが一緒に暮らし始めたのは今から約2年前。僕が大学3年生の頃だ。僕が訳あってバイトを辞め、一人暮らしをしていたアパートを引き払わなければならなくなった。そして、かつてサークルの先輩だったヒロの家に転がり込んだわけだ。彼女もお金には困っていて、家賃を折半する事でお互いの利害関係が一致した。
ヒロは所属していた演劇サークルでは脚本を書いていた。脚本家東條ヒロコの手から生まれる物語は、部員の心を掴んでは激しく揺さぶった。斬新で、エネルギーに満ちたストーリー。大学生たち若者を虜にするには十分すぎる才能の持ち主だった。部員は彼女を『神』と呼んだ。
そんな皆の憧れのヒロコ先輩と一介の部員ユウキ君が一緒に暮らすなんて誰が想像しただろう。
駅に着くと、ICカードを取り出す。チャージをする為に財布を開け、一枚きりの千円札を取り出す。機械へ吸い込まれていく野口英世を見送って改札へ入る。
エスカレーターに乗りながら鞄を漁る。何度見たか分からない志望理由がみっちり書かれたメモを取り出し、頭に叩き込む。
今日こそ内定を貰わなければ。学生時代のバイトで稼いだ金は、もうすぐ底をつく。ヒロに借りようにも彼女もお金がない。8月になっても職が見つからない僕。事情があるとはいえ、やはり焦る。
「お金がほしい」。そう言うと貪欲な人間と思われるだろう。しかし、職がない、お金がないというのは、とても辛い事だと身をもって知った僕はとてもそうは思えない。電車に揺られながら、考える。
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