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☆
「……」
誰もいなくなった玄関を、私は見つめていた。
ユウが鉄筋の階段を降りる音が聞こえなくなった後、ようやく部屋の中へと踵を返した。
「……私も頑張らなくちゃ」
そう言って再びパソコンの前に座る。じっと画面を見つめ、キーボードを叩く。時折メモ用紙に殴り書きしたと思えば、それを丸め、ダンボール製のゴミ箱に向かって放る。紙くずはなだらかなストロークを描き、ゴミ箱の手前で急降下した。残念。しかしそれにも目もくれず作業に戻る。
暫く作業した後、お昼のニュースを見ようとテレビを付ける。すると連続ドラマの脚本家がテレビインタビューに答えていた。
『いやぁ、今作も素晴らしいですね!』
インタビューアーのお姉さんが大袈裟に褒める。
『まあね、心に浮かんだままに書いたまでですよ』
髭面の男が満更でもなさそうに答える。何だかムカムカして、テレビを消す。なーにが『心に浮かんだまま』だ。
私が脚本を書き始めたのは大学に入学し、演劇サークルに入った時の事だ。脚本を書ける人が居ないから、と友人から頼まれ、演者志望だった私が脚本を書く事になったのだ。昔から負けず嫌いだった私は、どうせなら最高の脚本を書いてやろうと必死の思いで一本の話を書き上げた。上映されたそれは学校中で話題になり、部員からは敬愛の念を抱かれた。それから私は必死の努力をした。最高の脚本を書き続けるために。『神』で居続けるために。卒業する頃にはそんな事はどうでも良くなっていた。脚本を書く面白さに取り憑かれた私がプロの脚本家を志したのは至極自然な事だった。
しかし、そう上手くはいかない。世の中には才能の塊のような人間がゴロゴロ転がっている。今の私にはゲームのシナリオなど小さな仕事が月に数本来るのみだ。随分と成り下がったもんなぁ、と一人苦笑いを浮かべる。
重い頭を上げ、壁の時計を見上げると一時を回っていた。気分転換に昼食を摂ろうと立ち上がる。急に立ち上がったせいで足が一気に痺れた。
「おー……いてて」
中古の小さなちゃぶ台。執筆するにはお粗末過ぎる環境だ。お金が貯まったらまずは椅子と机を買おう。片足ケンケンで台所へ向かいながら、ヒロはそう密かに誓った。
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