花束なんていらないよ

5/8
前へ
/8ページ
次へ
☆ 物音で目が覚めた。薄いカーテン越しに朝日が射し込む。僕はタオルケットを剥ぎ、伸びをする。そして辺りを見回すと、ヒロが忙しそうに部屋を歩き回っていた。いつもなら僕が起こすまで机に突っ伏して眠りこけているのに、珍しい事もあるものだ。 僕はヒロが手に持っている物を見て愕然とする。 「……ヒロ?」 彼女は立ち止まり、こちらを振り返る。そして手に持った白い物体を掲げる。 「ああ、これ?」 それは紙の束だった。彼女が書き溜めてきたアイディアが詰まった沢山のメモ。僕がここに来た時はほんの数十枚程度であったそれは、ここ数ヶ月は部屋の一角を埋め尽くす程になっていた。それが部屋から忽然と消えている。 「私、働く事にしたの」 ヒロは束ねられた紙を見て呟いた。 「そうしたら、少しは美味しいご飯が食べられるでしょ。安いパスタとパンで凌ぐ毎日なんてやっぱり人間らしくない」 「……ヒロはそれでいいの……?」 僕は震える声で聞く。何故か分からない。自分の事ではないのに、凄く動揺している。 「もしかして、昨日の電話で何か言われて……」 「違う!そんなんじゃない!」 ヒロがバン!とテーブルを叩いた。僕はその気迫に思わず息を呑む。彼女自身も自分の行動に驚いたように、両手を見つめている。 「……ごめん、そんな事聞いて」 「……私こそ。ごめん」 大きく息を吸うと、ヒロは笑顔を作った。 「前からずっと思ってはいたんだ。いつまでもこんな事していられないって。いい加減現実見なきゃって」 ヒロは弾けるようにおどけて笑う。 「有名な脚本家になる夢は諦めてないよ?ただ、一旦生活を立て直すだけ。働きながら夢を追いかけてる人なんて沢山いるし────」 そう言った後、パンと手を打つ。 「あ、心配しないで!お金が貯まっても、ユウを追い出したりしないから!」 「────ヒロ」 僕は思わず口にした。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加