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ホテル
大体において世の中に、そんなにうまい話などありはしないのだ。上原雅之はビル街の夜景が見える窓際で、ネクタイを緩めひとつ溜息をついた。
せっかく取った高層ホテルのこの一室の、綺麗に整えられたベッドメイクも、穏やかで温かいルームライトも、今はモノクロームのようにさえ見える。甘やかな一時の空想をした自分を恥じていた。五十を過ぎた、冴えない普通のサラリーマンに、そんな時間が訪れる筈もなかったのだ。
バスルームからシャワーの音が漏れ聞こえてくる。その撥ね、滴る音が雅之の決意を揺るがせる。
今なら、ここでなら、まだ間に合う。ここから立ち去れ。
雅之は自分に言い聞かせた。水音が止んだ。
窓際から離れてベッドに投げたままのジャケットを手にした所で、バスルームから裸身に大きなタオルを巻いたみすずが出てきて、目を合わせる事になった。
「どうしたの?」
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