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ステラは壁際にじりじり追い詰められる…。
ひやりと石ででできた壁の温度を背に感じて彼女は考えた。そして気持ちだけでも怯んではダメと自らに言い聞かせた。
―普通の男性なら素手でも訳無いのに…。
そう…よりによってのカルサイトの隊長クラスだ。もちろんザックはいつでも抜刀できるように腰の左側にサーベルを携えている。そして両腕を強く掴まれた。
その時ふとメイが言っていた言葉が脳裏をよぎった。
―格闘技の秘訣?真正面から立ち向かうだけじゃダメだね。油断させる柔軟性も必要さ。
・・・そうだ、以前フィールド上で次々魔物を屠る彼女にコツを訊いたんだ。
―もしかして、「隙を見せるな」が仇になってる?
ピンと閃いたかのようにステラは目を見開いた。
まず抵抗するのを止めてザックを熱っぽく見つめる。彼女の魔性の血が別の意味で騒いだ。瞬間自分に迎合すると、早合点したザックは彼女の腕を開放する。
その自由になった手を使い思わせぶりに夜着の襟元を肌蹴させ妖艶に微笑んだ。
自分自身じゃないものが乗り移ったようだとステラは思った。自分自身だという意識はあるにも係わらずである。
本来の自分は、こういう方法は一番嫌なのだけどと言っている。
まるでもう一人の自分が別のところから今の彼女の行動を客観的に観ている様・・・。
古代の勇者の血を引く一方で、半分は
強さだけでなくその存在自体が誘惑である魔性の血を引く彼女にとって、欲に満ちた下劣な男一人を誘惑して、逆に隙を突くのは
容易かった。
ジェーンは後ろ髪をひかれながらも隊長の居住棟から侍女の控室へ戻るために速足で渡り廊下を通っていた時、暗がりだったせいか誰かと衝突した。
―どうしよう…カルサイトの誰かだ。
顔にあたったサーコートの感触で即座にそう悟ったジェーンは、恐る恐る顔を上げるとそこには不寝番であったキースが立っていたのだ。
「そなたは・・・!どうしたのだこんな時間にこのような場所で?」
キースはちょうど部下に任せて自室に戻る途中であった。
―二番隊隊長はたしか姉ちゃんが仕えている隊長様だ。今更言い訳なんて通用しないよ。
ジェーンはもうここまで来たらどうなってもいいと事情を話したのだ。キースがジェーンから事情を聴き急いでザックの私室に行くと気絶して倒れているザックと、ほんの少し夜着を肌蹴させてへたり込んでいるステラがいた。
キースとジェーンの姿に気が付いたステラは即座に衣服を直して俯いた。
ステラもここまで大事になったのなら…処分は免れない。そう覚悟したのだが…。
「大丈夫か?」
俯く彼女に掛けられた言葉は意外なものだった。叱責の後、何かしら公になると踏んでいたから。キースはだらしなく卒倒して気を失っているザックを一瞥して溜息をついた。
「この者はカルサイトの隊長としての度量がないのだ。騎士として嘆かわしい行動ばかり取る。皆目に余ってはいた。」
そして今度はステラに視線をやりキースは言い続ける。
「しかし、ステラ・・・問題を起こしたことには変わりないので、今から私の私室に来られたい。」
☆ ☆ ☆
昼に仕事をしたキースの部屋に通されてステラは元のように隙を見せずに警戒心を持って部屋に入った。キースはステラが部屋に入るのを確認して燭台に火を灯し、彼女をソファに座らさせて、何かを手渡した。
「妙齢の女性がこんな時間に薄着は不謹慎だ。羽織りなさい。」
それは厚手のガウンだった。少し肌寒かったし彼女も心許なかったので素直に従った。夜着はそう下着と変わらないものだからだ。
ガウンを羽織りながらこうして改めて隊長殿を見ると自分より一回り以上も
年上だと伺わせる。
「ジェーンから話は聞いた。もうはっきり訊こう。君はただの身寄りのない婦人ではないね?」
唐突に追求されてステラは面食らったが顔には出さず、黙っていた。キースはステラの返事を待ったが一向に彼女は口を割ろうとしない。
「…言ってくれれば長官にも報告せず内密にする。ザックとのこともだ。」
するとステラも少し態度を軟化させた。が、警戒心は解けてはいないようだ。
「何故・・・今のような騒ぎを起こしたのに、そのようにしようとしてくれるのですか?」
ただの身寄りのないものではないと、なんとなく感づいたにしても、それは不思議だった。理由を知りたいから?それだけじゃないだろうに・・・。
アメシストの瞳は真っ直ぐキースを見つめている。キースはその眼差しを感じながら、静かに答えた。
「君は似ているのだ・・・祖国にいたころに私を救ってくれたある気高い人に。」
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