生まれ変わるの

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生まれ変わるの

 アバター、思いきって買っちゃった。  よくSNSのアイコンで使われるアバター。自分の好きな顔・髪型・体型・服装にできる。  それが現実世界(リアル)でも反映されるサイトができた。無料かって? いいえ、課金制。ひとパーツ何万円もするけど理想の見た目になれるから、惜しくない。それに今なら割引セールやってるからお得なの。  私は生まれ変わるの。  このアバターで。  新しい自分になる為に引っ越しをした。私のことを誰も知らない土地で一からやり直すの。  新しいアパート、新しい職場。  そして新しい顔と体。  今までコンプレックスだった自分の見た目がこのアバターのおかげで生まれ変われるの。  今までは化粧品売り場に行くことも、トイレの鏡の前で化粧直しをすることも、恥ずかしくてなかなかできなかった。  でもこれなら自宅で簡単に自分の見た目が変われる。  まず顔のパーツから。ソバカスを消した。 小さくて一重(ひとえ)だった目を、大きくくっきり二重(ふたえ)の目のパーツに変えた。  整形手術はメスを入れるのが怖いし、失敗してもっと変な顔になったらと不安だけど、これならすぐ元に戻せる。  髪型のパーツも変えてみた。今までは美容院で髪型の相談をするのも恥ずかしくてできなかった。女優さんと同じ髪型にしたいなんて言えなかった。  でもこれなら一瞬で変われる。  伸ばしっ放しだった髪を肩までのボブのパーツに変えた。パーマをかけて、色をミルクティーブラウンにした。元の肌の色に合わなかったから、肌を白く変えた。  短い脚がコンプレックスだったから、脚も長いパーツにした。胸も大きいパーツにした。  服もアバターで簡単に着替えられる。今までどうせ私には似合わないからと試着もしたことなかった流行りの服をたくさん買った。体型や顔を変えたおかげでよく似合う。  自分に自信が持てた。  今まで自信がなくて、好きな人と目を合わすこともできなかったけど、今の見た目なら大丈夫。  新しい職場は若い人が多く、キラキラしていた。  みんな美形で八頭身以上あってモデルのようだった。今までの私だったら萎縮していただろう。社長も俳優のようにかっこよくて素敵だ。  職場でスリムでイケメンの彼氏ができた。  おしゃれで派手な見た目の友達もできた。  今までだったら見た目の良い人達と話すなんて怖くてできなかった。大きな目で見つめられるのが怖かった。でもみんな優しくて良い人達だった。  でもやっぱりちょっと、私無理してる感じがする。見た目を褒められても本当はこの姿じゃないっていう罪悪感が心の(はし)っこにある。  ある日の朝、デートの前に髪型のパーツを変えようとしたらアバターのサイトにログインできなくなった。 「あれ? どうして?」 【当サイトはサービスを終了しました】と画面に表示された。 「そんな……! じゃあ私の見た目はどうなるの?」  鏡を見た。アバターを使う前のさえない顔・伸ばしっ放しの髪型に戻っていた。脚も短くなり、胸もしぼんでいた。 「どうしよう……。これからデートなのに。仕事もやめなきゃ。こんな姿じゃ、人に会えない……」 ♪〜♪ 電話が鳴っている。彼氏からだ。 「……もしもし」 『今日家まで迎えに行くよ』 「……ごめん。会えなくなっちゃった……」 『どうした?』 「……わたし、アバターのサービスを利用してたの。なのにそのサイトが終了しちゃって、元の姿に戻っちゃって……」 『そんなの気にしないよ。僕は君の性格が好きなんだから』 「そういう問題じゃないの! 私がこの姿じゃ嫌なの!」 『落ち着いて』 「こんなんじゃ会えない! ごめんなさい! さようなら!」  電話を切った。どうしよう。また引っ越して転職しようかな。 ピンポーン 誰か来た。 『開けてもらえるかな?』彼氏の声だ。 「だから会えないってば!」 『大丈夫だよ』 「大丈夫じゃない! 顔が良いあなたに、この気持ちは分からない!」 『実はさ。僕もアバター使ってたんだ』 「えっ?」 『僕も今、いつも見せてる姿じゃないんだ』 「うそ……」 『見てもらえるかな?』  そっとドアの覗き穴を見てみた。 「……」 『見える?』 「あ、うん………」 『ガッカリした?』 「結構、太ってるのね」 『うん』 「顔も違う」 『そうなんだよ』 「でも優しそう」 『ありがとう。君の姿は見せてもらえない?』 「……いいよ」  そっとドアを開けた。 「……」彼氏は無言だ。 「びっくりした?」 「ううん。可愛い。素朴で」 「素朴とか言わないでよ」 「ごめん。前もきれいだったけど、今の方が親しみやすいよ。可愛い」 「本当に?」 「うん。改めて仲良くしてもらえないかな?」 「……これからよろしく」  今までスタイル良くてかっこいい人だと思ってたのに、本当の姿は全然かっこよくなかった。正直ガッカリしたけど、それはお互いさま。  全然かっこよくないけど、嫌いな顔じゃなかった。なんとなく安心感のある顔だった。 だからドアを開けて素顔を見せられた。  新しい姿でまた二人の距離を縮めていけるといいな。 「あーあ、せっかくかっこいい人と喋れるようになって嬉しかったのにな」 「人のこと言えないでしょ」 「会社どうしよう。何て言って辞めよう」 「辞める必要ないよ。みんなアバター使ってたんだから」 「そうなの?」 「明日仕事行ったら驚くよ」 「え〜?」  翌日仕事に行ったら、全員知らない顔だった。でも名札を見ると知ってる名前。  グラマーなギャルだと思っていたのに太ったおばさんだったり、背が高くて素敵な人と思っていたのに小柄なおじいちゃんだったり。 「みんな、違う……」 「朝礼あるから行きましよ」  仲良くなった派手な見た目の若い女性は、本当はお婆ちゃんだった。  私を見る時もみんな「えっ?」「あっ……」と一瞬止まっていた。  でも私以外はお互いの以前の姿を知っていたらしく「この顔久しぶりに見た。アバターも良かったけど、こっちの方がいいよ」と言い合っていた。 「朝礼を始めます」 「おっ社長だ」「久しぶりに見るなあ、ホントの姿」 「はい、皆さんおはようございます。アバターのサービスが終了して元の姿に戻っちゃいましたね。仕方ありません。本来の姿で頑張りましょう!」 「「「はーい!」」」 「えっ、あれが社長ですか?」 「そうそう」 「子供じゃないですか」 「小学生なのよ。すごいわよねえ」 「はあ」  壇上には小柄な、でも賢そうな少年が立っていた。 「見た目に負けるな!」 「「「おー!」」」  元の姿で新しい気持ちで心機一転頑張ろう。ここでなら生まれ変われそう。 終
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