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それから俺は少しの間彼女の横で座っていた。だけどまだ夕食が準備されていないのだということに気づき、調理に取り掛かろうと立ち上がった。
すると彼女が一度苦しそうに体を動かし、目を覚ました。
「あ、悪い。起こしてしまったか……」
「え……? 拓馬様?」
彼女は今の状況が把握できず、体を起こそうとした。だけどまだ熱があるのか、再びぺたんと横になってしまう。
「えっと、私はどうして倒れているのでしょうか」
「医者が言うには働きすぎだって。すごい高い熱が出て、玄関で倒れたんだ」
「そうだったのですか……すみません」
申し訳なさそうにする彼女に、胸が痛くなる。
「謝らないでくれよ。どう考えても悪いのは俺なんだから。いつもあんたに頼ってばかりで……」
ぎゅっと握った俺の拳に、彼女は自分の手を重ねてくる。
「大丈夫です。だってそれが私の仕事ですから」
その彼女の言葉に、胸が強く締め付けられるような感覚におそわれる。また俺は勝手に寂しい気持ちになっているのだ。
「だ、だけど父さんから支払われる給料はもうとっくに切れているはずだろ?」
俺は寂しい気持ちを隠そうと、必死に話題をすり替える。
「そうですね。ですけど大丈夫です。私勝手に拓馬様からお金を貰っていますので」
「俺から勝手に? え、でも俺は金なんて……」
「借金ですよ。拓馬様が将来、稼がれるお金を私は貰っているんです」
俺は思わず驚いて彼女の顔を見た。彼女はいつも通りに笑っていて、とても冗談を言っているようには見えない。
俺が将来金を稼げるようになると、彼女は本気で思っているのだろうか。だって自分でも将来俺が金を稼いでいるところなんて想像もできないのに。
それでも彼女は、俺が将来働くと信じてくれている。仕事だからと言いながら、それならとっくに俺を見限ってもいいはずなのに、まだ俺の側にいてくれている。
俺はさらに胸が締め付けられて、苦しくて、思わず涙を流しそうになった。
「……なんで俺なんかを信用してくれているんだ。普段俺何もしゃべれなくて、俺はあんたに今まで一度だって感謝の気持ちも伝えたことないのに、どうして……」
「だって拓馬様、口には出しませんけどいつも私に感謝してくれているじゃないですか」
「え……?」
「拓馬様、いつも考えていることが顔に出ているんですもの。料理を召し上がる時に笑顔になったり、私が家事をしている時は申し訳なさそうにしていたり。私がいい天気ですねと言った時も、いつも外を見てくださるじゃないですか」
「え、え……?」
俺は戸惑って、先ほどまで込み上げていたものもどこかにいって、今度は無性に恥ずかしくなった。
「それに朝だって、私が出かけるときにすごく寂しそうな顔をされています。だから私が朝いっぱい話しかけるんですよ。そしたらいつも他の時よりも笑ってくれますよね……」
「…………」
俺は思わず俯いた。まさか俺の考えていることすべてお見通しだとは思わなかった。とても恥ずかしくて、もう彼女の顔が見れない。たぶん顔も真っ赤だろう。
「……でも、そうか。俺の考えていることは伝わっていたのか……」
「はい。私は拓馬様といて楽しいですよ。ですからこれからも私が拓馬様の側を離れるなんてことはありません」
彼女はやわらかい笑みを浮かべて、真っすぐこっちを見て言ってくる。その笑顔を見ると何故か安心して、心が落ち着くのだ。俺は何度、この笑顔に救われたことだろう。
でもだからこそ思った。本当にこのままではいけないと。俺自身のために、そして彼女のためにも、俺は変わらないといけない。強くならないといけないのだ。
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