君がいるから

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 だけどそんな彼女の言葉が(うそ)ではないということを、今となっては実感している。  あれからほどなくして父親が仕事を失くし、そして母親は持病(じびょう)のため命を落とした。そしてそんな母親の後を追うように父親も自害(じがい)し、俺のもとに残ったのは多額の借金と彼女だけだった。  裕福な貴族から一転、一気に貧乏人(びんぼうにん)になった俺が今まで生きてこられたのも、彼女のおかげだと思う。  俺と違い、彼女は身一つで生きる(すべ)を心得ていた。仕事もできて、料理もできて家事もできる。おまけに愛想もいいので彼女が困っていると知って色々な手助けをしてくれた人も数知れない。  一方、俺は仕事もできず、料理もできず、家事もできない。長い間生やし続けた自尊心(じそんしん)だけが今でも残り続け、彼女とは反対に、いつも誰かに嫌われてきた。  そんな俺だから仕事にもなかなか()くことができず、彼女が稼いだ金でようやく手に入れた家でのんびりと無力感をかみしめているしかなかった。 「ただいま戻りました」  彼女はいつもそう言って、色々な食料を抱えて帰ってくる。それもいつも同じようなものではなく、俺が飽きないよう、毎日違ったものを持って帰ってくれるのだ。  それから彼女は、彼女が仕事に言っている間に俺が食べたものの片づけをして、夕食の準備をしてくれる。彼女が日ごろどんな仕事をしているのか俺は知らないから、彼女がどれほど疲れているかは分からないけど、たぶん相当疲れているんだと思う。それでも俺の世話をしてくれるのだから、本当に彼女は優しいし、いい人だ。  でもだからこそ、俺はそんな彼女に引け目を感じてしまい、あまり彼女と喋らなくなった。そうなるとどんどん会話ができなくなっていった。だけど働きもせずただ飯だけ消費する俺が、彼女にお疲れ様なんて言う資格はないと思ったから、それでもいいと思った。 「拓馬様、ご夕食の支度ができましたよ」  彼女がささくれだらけの机に食事を並べていく。俺はそれが終わってからようやく、彼女のものより頑丈な椅子に座り、いただきますも言わずに食事に手を付ける。 「お味はどうですか? 今日は暑かったのでちょっと濃いめの味にしてみたんですけど……」  それでも彼女は俺に話しかけてくる。俺が返事をしないとわかっていても、それでもことあるごとに話しかけてくる。  もちろん、彼女がつくった料理が不味(まず)いわけはない。正直他のどの店の料理よりも美味しいと思う。だけど俺はそんな感想でさえも口に出せない。  そんな俺を見て、彼女はいつも笑っていた。まるで俺に美味しいと素直に口に出して()められたかのように満足げに笑って、そしてようやく、俺のより少なく配分された料理を口にしていくのだ。  食事を終えると、彼女は後片付けをして風呂を沸かす。もちろん先に入浴するのはいつも俺の方だ。俺は汗もかいていないのに一番風呂を浴びて、そのまま彼女が用意した衣服を着て、すぐに眠りにつく。  本当は全く眠たくないけど、起きていたってどうせ彼女と話すことなんてないから、無理やりにでも寝てしまうのだ。  俺がまだ眠りについていない時に風呂からあがってくることもあるから、おそらくゆっくり風呂に入ってもいられないのだろう。本当は、女性の入浴は長いはずなのに、彼女は俺と同じくらいの時間であがってきてしまうのだ。
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