君がいるから

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 ある日、俺は貯金していたすべての金をもって家に帰った。いつの間にか貯金はかなりの金額になっていた。  そして俺は彼女にその金をすべて渡し、これで自由にしてくれと言った。  俺はずっと考えていた。彼女はいい人だからずっと俺の側にいてくれる。だけど俺は彼女に自分の幸せをつかんでほしかったから、彼女にこれからの選択をさせてあげたい。今のままずっと俺の側にいさせてはだめだと。  だから一生懸命働いて今まで彼女に尽くしてもらった分のお金を貯めたのだ。  彼女は驚いていたけど、俺がもう解雇(かいこ)すると言ったら出ていった。彼女はあんな性格だから、俺がいなくてもやっていけるだろうと思った。  むしろ彼女がいなくなって困るのは俺の方だった。  今まで俺が頑張れたのは彼女がいたからで、とても自分勝手だけど、俺の中ではもう彼女は当たり前に存在する、言ってしまえば俺の臓器(ぞうき)のように俺の中の一部になってしまっていた。だからそんな彼女を失い、俺はとても寂しくて悲しかった。  その日は一晩中、まるで光を失い、影ばかりが存在する世界にいるかのような、暗くて、寂しくて、冷たい夜を過ごした。今まではそんなことを考えてもみなかったけど、夜というものは暗くて寂しい気持ちになるものなんだと今更(いまさら)知った。  翌日、俺は気落ちしながらも仕事に行き、なんとか仕事を終わらせた。たぶんほとんど身が詰まってなかっただろう。  俺はやっぱり彼女がいないだけでこれほど弱くなる。彼女のために強くなると決心したのに、俺はまだ弱いままだった。  今日はもう寝てしまおうと思い、お腹が空いていることも忘れて家の扉を開けた。そして思わず「ただいま」と言ってしまう。  言ってしまってハッとする。もうこの家には、すべての疲れが吹っ飛んでしまいそうなほどの優しい笑顔で「おかえりなさいませ」と言ってくれる人はもういないのだ。そう思うととても悲しくなって、寂しくなって、思わず涙があふれた。  これじゃあだめだと思っているのに、どうしても涙があふれて止まらなくて、俺はその場に(くず)れ落ちた。  だけどふと、俺の鼻に美味しそうな料理の香りが届いた。俺は気になって、キッチンまで進んだ。するとそこには、いつものように俺の夕食を用意してくれている彼女がいた。 「え、なんで……」  涙を拭くことも忘れて戸惑う俺に、彼女は言う。 「言ったじゃないですか。私が拓馬様の側を離れることなんてありませんって。私はもう拓馬様の使用人ではありませんけど、私の意思で、ここに戻ってきたんです」  そこで気が付いた。彼女はいつもの使用人の服ではなく、(はな)やかな私服に身を包んでいた。そしてそんな彼女はこちらに近寄ってきて、顔を少しだけ赤らめて(たず)ねてくる。 「……これからも、拓馬様の側にいていいですか?」  そんな彼女に、俺はうれしくなって、たぶん一度止まっていた涙さえ流して、思いきり抱き付いた。 「もちろんだ。絶対、俺が幸せにするから。だから俺の側にいてくれ」 「はい!」  彼女は嬉しそうにそういうと、俺の背中に手をまわし、ぎゅっと抱き返してくれたのだった。 「ありがとう、彩莉咲(ありさ)」  それはたぶん、俺が彼女の名前を初めて呼んだ瞬間だった。
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