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「私、雅人に謝らないといけないの」
二人でベッドに腰かけたところで、私は切り出した。相手が戸惑いの表情を向ける。
「なに?」
「あのぅ、社員旅行のときのことなんだけど……」
彼はそんな前の話とは思わなかったらしく、不思議そうな顔をした。
私はためらったが、意を決して、あのとき自分が口にした『帰りたくない』の真相を話した。
耳を傾けていた雅人が目を見開き、やがて色を失った。私が語り終えたあとも、思わぬことに言葉が出ないようだ。
いまさらだと承知しながらも、私は謝罪した。
「ごめんなさい。ほんとうはあのとき説明するべきだった。こうして告白したところで、取り返しはつかないんだけど」
「……じゃあ、あの夜、想いが通じたと思ったのは俺だけ?」
「ごめんなさい……」
雅人は動揺して首を左右に振った。
「だとしたら俺は……かすみが望んでいないのに、強引に抱いてしまった?」
そして頭を抱える。
「俺は……なんてひどいことを」
「違う!」
私は相手の袖をぐいと引っ張って、彼の顔を上げさせた。
「ひどいことをしたのは私。あのとき雅人をとどめて、先にあなたのことを知るべきだった。だから、先走ったのは私なの!」
袖をつかんだまま、うつむく。
「雅人に見合うぐらい気持ちがふくらんでいたわけじゃないのに、応じてしまった。でも、信じて。触れられるのがすこしでも嫌なら、部屋についていかない。抱きしめられたら、離れたくないと思った。あの瞬間は、あなたのことしか考えられなかった……!」
「かすみ……」
「それでも私は、雅人の気持ちを踏みにじったのかな……」
目を向けると、雅人は視線をさまよわせた。
「分からない。どうすることが正しかったのか」
「いまさらこんな話をして……ごめんなさい」
私が手を離すと同時に、彼がこちらに向き直った。
「教えてほしい。かすみのなかであの夜は、どんなふうに残ってる? 俺に対して申し訳ない、っていう気持ちを除いたら」
私は改めて相手を見つめる。雅人が穏やかな眼差しを注いでいた。
それに促され、すこし考えてから答えた。
「雅人と出会った日。その前から顔見知りだったけど、一緒に庭を散歩するうちに、ほかの仕事仲間とは違う存在になったんだと思う」
「あのときの選択を後悔していない?」
「――うん。あの日の私は、自分に対して誠実だった」
彼はホッとした様子で笑みを浮かべた。
「かすみにとってひどい出来事でなければ、それでいい。想いが一致していても、かすみの心をないがしろにしたら、俺は自分を許せない」
そして落ち着いた声でつづけた。
「あの夜、俺たちの気持ちはひとつではなかったのかもしれない。でも、小さな灯がともったんだと思う。だからいま、二人でいられる」
私がまばたきすると、応じるように雅人がうなずいた。
「きっと俺は、かすみともっと話をするべきだった。ゆっくり順を追って、関係を深めていくべきだった。でもそばにいるなら、これから取り戻せる。他人の正解なんて、意味がない。それが道を照らしてくれることはない。自分たちがどうしたいか、だと思う」
「雅人……」
彼がグイッと抱きしめる。その腕のなかで、私は肩を震わせた。
「私に……呆れてない? 私のこと……嫌いになってない?」
「分かってるくせに。俺は、かすみが大好きだ」
ハッキリ告げられて、感情が決壊し、私は次々と涙を流した。
「私……雅人にどうしても言えなかった」
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