4話

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 先行き不透明な関係がつづく。いや、この状態を「つづいている」と表していいのか分からないけれど。  私はぎこちない態度を取っているくせして、雅人からメッセージが入ったり会社で声をかけられたりすると、ホッとした。  こんなの、相手の優しさに甘えているだけなのに。  ともに過ごす機会がなくなると、一日一日が気が遠くなるほど長かった。  一緒にいるときは「時間がゆっくり過ぎればいいのに」と思ったけれど、実際にそうなってみると、途方に暮れる。  かつて彼とベッドに潜り込めば、「もっとお喋りしたいのに」と思っても、すぐ睡魔に襲われてしまった。  いま、なかなか寝付けない日々になり、以前の自分がどんなにリラックスしていたのかを実感する。  小さな不満の数々は、幸せのなかでの、たわいもないわがままだった。いまとなっては、ただまぶしい。  ついこの間まで、すぐそばにあったもの。それが、あまりにも遠い……。  こんな状態を維持しても、明るい未来なんてこない。彼を苦しめるばかりだ。  それでも雅人は、決定的なことを口にしないだろう。  私が、解放してあげなければ。  一度きちんと話をしなければならない。自信を失って、一緒にいることがつらい、と。  雅人のことだから、「気持ちの整理がつくまで待つ」と言ってくれるかもしれない。私は揺らぐに決まっている。  だが、いつまでも悲観的な顔をしていたら、さすがの彼も見放すかもしれない。 「分かったよ。かすみにとって俺たちの関係は、どうしても取り戻したいものではないってことが」と……。  自分で想像したくせして、そんなことを言われたら立ち直れないと思った。  本当はすがりつきたい。エゴのままに雅人を縛り付けたい。  けれど表面的に修復しても、きっとまたズレが生じる。彼に大切にされて幸せに浸り、そして不安になるのだ。  雅人に追いつけない自分は、いつまで彼の隣にいられるのか。  離れないかぎり、何度も沈み込む。  そのたびに彼を振り回すぐらいなら、ここで終わらせよう。  どのみち傷つける。それを、たった一回にする。なにかできるとすれば、これだけ。  私は誰にともなく問いかける。  じゃあ、ほかにどんな道があるって言うの? * * *  それから一週間、私はなにも行動しなかった。破綻寸前でも、わずかな猶予がほしかった。  向こうから働きかけがあるだろうか、と考えたが、変わらぬ日常がただ過ぎる。  彼もまた、この関係を持て余しているのかもしれない。  八日目は、たまたま振替休日だった。  朝、目を覚ました私は、ぼんやりする頭でケータイをチェックした。着信はない。そうなると予想していたけれど、気持ちがふさいだ。  いや、これでよかったんだ。雅人からメッセージが入っていたら、私は動揺する。だから、希望なんてないほうがいい。  頭では冷静に結論づけるのに、心は淋しがった。  迷いが生じる。なにもしなければ、中途半端な状態でいられるのではないだろうか。  でもそんな選択をしたら、ますます自分を嫌いになる。  いつまでも彼を苦しめる。どこかで断ち切らなければならないのだ。  せめてもの慰めに、雅人の笑顔を思い浮かべようとしたけれど、遠ざかってハッキリしない。  それが現状なのかもしれない。恋しくて、胸が痛かった。  のろのろとベッドから出て、遅い朝食をとり、ぼんやりしたまま洗濯や掃除をした。今日は時間の流れがことさら遅い。  その気になれば読書をしたり、ドラマや映画を観たりするゆとりがあった。けれど、そんな気力は湧かなかった。  ベッドに横になり、ケータイで音楽を流す。そのメロディーさえ右から左だ。  一時間ほどすぎてウトウトしたとき。  不意にケータイの着信音が鳴って、私はハッと覚醒した。  画面を見ると、雅人からの電話だ。出るかどうか逡巡したが、無視することもできず応答した。 「……はい」 『――かすみ、休みの日にごめん。いきなりだけど、いまからそっちの家に行ってもいいかな』 「えっ? えぇと……」 『用事があるなら、このまま帰るよ。そうでなければ、一分だけでも会ってほしい。一方的ですまない。けど、今日はどうしても君の顔が見たいんだ』 「雅人……」  彼の声がやや切羽つまっている。自分の希望を前面に押し出すのは珍しい。  それが嬉しい。同時に困る。顔を合わせれば、また流されてしまうのではないだろうか。  でも今日は拒めない。  私は散々ためらったあと、答えた。 「……いつごろ着く?」
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