4話

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 インターフォンが鳴って、玄関のドアを開けると、緊張した様子の雅人がわずかに表情を和らげた。  そして小ぶりの紙袋を差し出す。  中に箱が入っていて、レモンをあしらったパッケージから、デパ地下にある店のレモンケーキだと気付いた。  評判のお菓子だから、並ばないと手に入らないはずだ。  私は、どういう顔をすればいいのか分からなかった。 「……ありがとう」  かろうじて告げると、雅人は気遣う笑みを浮かべた。 「箱詰めの物を買ってしまったから、なんなら友だちに配って」 「うん、喜んでもらえると思う」 「あとこれ。総菜も美味しそうでつい」  透明のビニール袋を手渡してくる。五種類ぐらい入っているらしく、三人分はあるだろう。 「……こんなに?」 「ごめん。お腹を壊さないていどに」  私がふたたび視線を向けると、彼は切なげに目を細めた。 「――誕生日、おめでとう」  私は泣きたくなって、感情を抑えるので精いっぱいだった。とてもお礼など言えない。 「……雅人はずるい。恋人かどうかもあやしい相手に、どうして優しくできるの?」 「こういうことをするのは、迷惑じゃないかって思った。でも、かすみよりも自分の気持ちを優先した。君の誕生日を祝いたかったんだ」  その思いやりも、あたたかな眼差しも、私を嬉しくさせる。だから、正直に伝えた。 「雅人のそういうところが嫌い、って言っても?」  彼が絶句する。私は勢いまかせに思いを吐き出した。 「あなたが人を喜ばせようと行動するのは、素敵なことだと思う。でもそれが続くと、プレッシャーを感じる。一緒にいても、どうすればいいのか分からなくなるの」 「……やっぱり、俺が重荷なんだ」 「雅人は悪くない。素直に受け取れない、私がおかしいの。だから考えちゃう。私にあなたはもったいないって」 「いや、俺が甘えすぎたんだ。結局は、自分のペースで進んできた。かすみを大切にしたいと考えながら、自己満足に走っただけだ」  私は首を左右に振った。 「きっと素直で大らかな女性なら、笑顔で『ありがとう』って言える。そういう人が、雅人を幸せにするんだよ」  雅人が唇を噛んで、こちらの言葉を拒む。 「そんな人はいない。かすみ以外には」 「私は……無理。だっていま、すごくつらい顔をさせてる」 「自分が不甲斐ないんだ。この期に及んでも、ちょうどいい距離が分からない。だから、やり直すことができても、またかすみを苦しめる。俺が変わらなければ、未来はないんだ」 「ううん、私が未熟なの。あなたにふさわしい恋人になりたかった……」  そのとき、こらえきれず、涙がひとしずくこぼれた。私はあわててそれを拭う。  雅人が呆然とした表情で見つめる。 「かすみ……」 「雅人は、素敵な女性と出会えば幸せになる。だから、この関係は過去にしよう? ごめんね、もっと早く言うべきだった。でも今日までは、あなたを独り占めしていたかった」 「…………」 「これまでありがとう。こんな一言じゃ、とても感謝を表せないけど、こういうときってなにも浮かばないね。そうだ、そっちの家にある私の物は処分しておいて」  雅人が理不尽に襲われたような険しい表情をしている。  私に怒ったのだろうか。でも、そのほうがいい。 「レモンケーキとお惣菜はもらうね。それぐらいは、構わないよね?」  相手が黙り込んでいるので、私は困ってしまった。  だがもう、彼の優しさを求めてはいけない。 「お祝いしてくれてありがとう。それじゃあ」  なんとか最後に笑いかけて、ドアに手を掛ける。それ以上は相手の顔が見られない。  あとわずかで閉まるというとき、ドアの動きが阻まれた。  向こうで止めたらしい雅人が、もういちど目の前に現れる。  そして私を見据えて、静かに訴えた。 「かすみは俺の幸せを願ってくれたけれど、俺は君を不幸せにしたい」  素早く歩み寄り、私を抱きしめる。  長身の向こうで、ドアの隙間が細くなり、やがて消失した。
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