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本格的な紅葉の時期はもうすこし先だけれど、木によっては葉が色づきはじめている。ライトに照らし出され、えもいわれぬ情緒をたたえていた。
二人で足を止め、しばし眺める。
室賀くんが静かに言った。
「キレイだな」
「うん。雰囲気があって、ずっと眺めていられそう」
「歩いてみて得した」
「いつもと違うこと、してみるものだね」
散歩を再開して、庭を回っていく。建物内より時間がゆっくり流れているような気がした。
すこしだけ先を行く相手が、チラッと振り返る。
「ここ、階段状になってるから気をつけて」
「ありがとう」
四、五段ほどのゆるやかな勾配。平らで横長な石が並んでいる。
こういうのも趣があっていいな、と下りていったら、あと一段というところで下駄のかかとを引っかけてしまった。
グラッと倒れかけたけれど、様子を窺っていた室賀くんが、即座に腕を伸ばして受け止めてくれた。冷静な彼も、さすがに焦った声を上げる。
「だ、大丈夫?」
「うん。引っかかっちゃった」
「痛めてない?」
「平気。室賀くんが助けてくれたから」
自分のうっかりに苦笑するしかない。
お礼を言おうと相手を見上げたとき、互いの距離がごく間近であることにドキッとした。腕が触れ合い、室賀くんの手がこちらの肩を包み込んでいる。
相手が男性なのだと急に意識した。
顔も近くて、私はいたたまれず視線を落とす。すると、彼がぎこちなく退いた。
向こうも気まずいのか、また背中を向ける。
「……ケガがなくてよかった」
「ありがとう。『気をつけて』って言ってもらったのに」
「あちこち明るいけど、それでも昼じゃないから。旅館までもう段差はない」
「そうだね」
視線は合わないものの、言葉を交わすうちに動揺が収まった。
いまだけ、室賀くんとの距離が縮まったような気がした。でも旅行が終われば、ささいな思い出になるのだろう。
私の歩みが遅いのか、相手が速いのか、じわじわ離れる。
待って、置いていかないで。
心の中でつぶやいたとき、彼がこちらの遅れに気付いた。
「ごめん。俺、また」
私がクスッと笑ったので、相手が戸惑う。
室賀くんはもっとマイペースだと思っていた。けれどほんとうは、気遣いの人なんだ。
それを口にしたら、彼はまた困った顔をしそうだ。
「三度目がないように、室賀くんの袖をつかんでおこうかな?」
相手が返事に詰まってまばたきする。からかいすぎた、と私はすぐ反省した。
「ごめんね。ちょっと驚かせてみたかっただけ」
「あ……うん」
「もう転ばないから大丈夫」
すると室賀くんはあいまいにうなずいて、道の先を見た。そして私が来るのを待つ。
どのみち、困った顔をさせてしまった。
二人で並んで進む。会話は途絶えた。
ああ、失敗しちゃった。せっかくよく喋ってくれたのだから、庭を回るあいだは空気を壊さずにいたかった。
こういうとき、私は気の利いたことのひとつも言えやしない。
相手の横顔をこっそり窺う。いつもどおりの無表情。
自分一人で気を揉んだけれど、彼にとっては大したことではなかったのかもしれない。
私はホッとしつつ、すこし残念に思った。
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