1話

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 本格的な紅葉の時期はもうすこし先だけれど、木によっては葉が色づきはじめている。ライトに照らし出され、えもいわれぬ情緒をたたえていた。  二人で足を止め、しばし眺める。  室賀くんが静かに言った。 「キレイだな」 「うん。雰囲気があって、ずっと眺めていられそう」 「歩いてみて得した」 「いつもと違うこと、してみるものだね」  散歩を再開して、庭を回っていく。建物内より時間がゆっくり流れているような気がした。  すこしだけ先を行く相手が、チラッと振り返る。 「ここ、階段状になってるから気をつけて」 「ありがとう」  四、五段ほどのゆるやかな勾配。平らで横長な石が並んでいる。  こういうのも趣があっていいな、と下りていったら、あと一段というところで下駄のかかとを引っかけてしまった。  グラッと倒れかけたけれど、様子を窺っていた室賀くんが、即座に腕を伸ばして受け止めてくれた。冷静な彼も、さすがに焦った声を上げる。 「だ、大丈夫?」 「うん。引っかかっちゃった」 「痛めてない?」 「平気。室賀くんが助けてくれたから」  自分のうっかりに苦笑するしかない。  お礼を言おうと相手を見上げたとき、互いの距離がごく間近であることにドキッとした。腕が触れ合い、室賀くんの手がこちらの肩を包み込んでいる。  相手が男性なのだと急に意識した。  顔も近くて、私はいたたまれず視線を落とす。すると、彼がぎこちなく退いた。  向こうも気まずいのか、また背中を向ける。 「……ケガがなくてよかった」 「ありがとう。『気をつけて』って言ってもらったのに」 「あちこち明るいけど、それでも昼じゃないから。旅館までもう段差はない」 「そうだね」  視線は合わないものの、言葉を交わすうちに動揺が収まった。  いまだけ、室賀くんとの距離が縮まったような気がした。でも旅行が終われば、ささいな思い出になるのだろう。  私の歩みが遅いのか、相手が速いのか、じわじわ離れる。  待って、置いていかないで。  心の中でつぶやいたとき、彼がこちらの遅れに気付いた。 「ごめん。俺、また」  私がクスッと笑ったので、相手が戸惑う。  室賀くんはもっとマイペースだと思っていた。けれどほんとうは、気遣いの人なんだ。  それを口にしたら、彼はまた困った顔をしそうだ。 「三度目がないように、室賀くんの袖をつかんでおこうかな?」  相手が返事に詰まってまばたきする。からかいすぎた、と私はすぐ反省した。 「ごめんね。ちょっと驚かせてみたかっただけ」 「あ……うん」 「もう転ばないから大丈夫」  すると室賀くんはあいまいにうなずいて、道の先を見た。そして私が来るのを待つ。  どのみち、困った顔をさせてしまった。  二人で並んで進む。会話は途絶えた。  ああ、失敗しちゃった。せっかくよく喋ってくれたのだから、庭を回るあいだは空気を壊さずにいたかった。  こういうとき、私は気の利いたことのひとつも言えやしない。  相手の横顔をこっそり窺う。いつもどおりの無表情。  自分一人で気を揉んだけれど、彼にとっては大したことではなかったのかもしれない。  私はホッとしつつ、すこし残念に思った。
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