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すこし間を置いてから見上げると、雅人が緊張の表情になった。だが目を逸らさず、うながした。
「聞かせて」
「うん」
私が心もとない顔をすると、彼が励ますように手をつないだ。私はそれをキュッと握り、懸命に口にした。
「雅人が、好き」
相手が驚いて目を見開く。私は感情をあふれさせながら告げた。
「ずっと、そう伝えたかった。でも、一度も言葉にできなかった。言えば、きっと喜んでくれると思ったのに……」
「えぇと……そうだっけ。かすみは惜しみなく想いを注いでくれるから、ごめん、気付いてなかった」
「うん、気持ちを伝える方法は無限にある。ひとつ使わなかったからといって、大したことじゃない。それでも、『好き』って言いたかった」
雅人がふとなにかを察したような顔をした。
「言葉にできなかったのは、社員旅行の夜のことを引け目に感じたから?」
「……そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
私はつないだ手を見つめた。
「初めは、自分の気持ちが追いついているのか分からなくて」
「うん」
「次第に、雅人がかけがえのない存在だってハッキリした。こんなにそばにいたい相手はほかにはいないって。でも……」
私は唇を噛んだ。
「雅人に比べたら、私の気持ちはまだ小さくて。想っている時間に差があるのは仕方のないこと。けどそれ以上に、あなたの愛情の深さをまえにすると、自分はぜんぜん頼りなくて」
「そんなこと」
「うん。私と雅人はべつべつの人間で、想いの表しかただって違って当たり前。大事なのは、かたちや大きさじゃない。自分らしくできてるかどうか」
私は相手を見て苦笑した。
「頭では分かってるのに、ときどき悔しくなっちゃうの。私だって雅人を想ってる。勝てないかもしれないけれど、決して負けてない、って」
「そうなんだ」
「たぶん意地になってた。対等になれば、気兼ねなく『好き』って言えるって。そんなの、どうでもよかったのに。だって、私の心に灯がともっているのは間違いない」
彼が目の前にいることに、奇跡を感じる。
「もし行き違ったまま別れたら、伝えなかったことを死ぬほど後悔して、自分がバカだったと気付いたんだろうな」
「かすみ……」
「そうならなくてよかった。この言葉は、私の心が鳴り響いたとき、いつでも口にしていいんだって気付けた」
雅人が感慨深げにうなずいた。私は告げる。
「好き。大好き。雅人のことが誰よりも。これからもそばにいて、私の『好き』をたくさん受け止めて」
「うん……うん。何度でも聞かせて。この世でいちばんまぶしい想いを、かすみの声で」
たまらずに抱き合う。私がその言葉を口にするたび、彼は強く抱擁し、こちらの頬や唇にキスを落とした。
そして間近から見つめ、ひどく幸せそうに笑う。
「じつのところ、俺はかすみに全戦全敗だけど?」
「……意地悪」
「ええっ、どうして」
「じゃあ、私に対する想いは、私のあなたへの気持ちに及ばない?」
すると彼は驚いた顔をしてから、かぶりを振った。
「そこは負けない」
「ほら、雅人だって」
「なるほど」
「でもこれ、勝っても負けても嬉しいんだけどね?」
私が肩をすくめると、彼がやさしく目を細めた。
心を込めて「好き」とつぶやくと、彼がこちらの頬を撫でて「好きだ」と囁く。
違う声の響き。
でもきっと、おなじ彩り。
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