4話

6/6
前へ
/22ページ
次へ
 すこし間を置いてから見上げると、雅人が緊張の表情になった。だが目を逸らさず、うながした。 「聞かせて」 「うん」  私が心もとない顔をすると、彼が励ますように手をつないだ。私はそれをキュッと握り、懸命に口にした。 「雅人が、好き」  相手が驚いて目を見開く。私は感情をあふれさせながら告げた。 「ずっと、そう伝えたかった。でも、一度も言葉にできなかった。言えば、きっと喜んでくれると思ったのに……」 「えぇと……そうだっけ。かすみは惜しみなく想いを注いでくれるから、ごめん、気付いてなかった」 「うん、気持ちを伝える方法は無限にある。ひとつ使わなかったからといって、大したことじゃない。それでも、『好き』って言いたかった」  雅人がふとなにかを察したような顔をした。 「言葉にできなかったのは、社員旅行の夜のことを引け目に感じたから?」 「……そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」  私はつないだ手を見つめた。 「初めは、自分の気持ちが追いついているのか分からなくて」 「うん」 「次第に、雅人がかけがえのない存在だってハッキリした。こんなにそばにいたい相手はほかにはいないって。でも……」  私は唇を噛んだ。 「雅人に比べたら、私の気持ちはまだ小さくて。想っている時間に差があるのは仕方のないこと。けどそれ以上に、あなたの愛情の深さをまえにすると、自分はぜんぜん頼りなくて」 「そんなこと」 「うん。私と雅人はべつべつの人間で、想いの表しかただって違って当たり前。大事なのは、かたちや大きさじゃない。自分らしくできてるかどうか」  私は相手を見て苦笑した。 「頭では分かってるのに、ときどき悔しくなっちゃうの。私だって雅人を想ってる。勝てないかもしれないけれど、決して負けてない、って」 「そうなんだ」 「たぶん意地になってた。対等になれば、気兼ねなく『好き』って言えるって。そんなの、どうでもよかったのに。だって、私の心に灯がともっているのは間違いない」  彼が目の前にいることに、奇跡を感じる。 「もし行き違ったまま別れたら、伝えなかったことを死ぬほど後悔して、自分がバカだったと気付いたんだろうな」 「かすみ……」 「そうならなくてよかった。この言葉は、私の心が鳴り響いたとき、いつでも口にしていいんだって気付けた」  雅人が感慨深げにうなずいた。私は告げる。 「好き。大好き。雅人のことが誰よりも。これからもそばにいて、私の『好き』をたくさん受け止めて」 「うん……うん。何度でも聞かせて。この世でいちばんまぶしい想いを、かすみの声で」  たまらずに抱き合う。私がその言葉を口にするたび、彼は強く抱擁し、こちらの頬や唇にキスを落とした。  そして間近から見つめ、ひどく幸せそうに笑う。 「じつのところ、俺はかすみに全戦全敗だけど?」 「……意地悪」 「ええっ、どうして」 「じゃあ、私に対する想いは、私のあなたへの気持ちに及ばない?」  すると彼は驚いた顔をしてから、かぶりを振った。 「そこは負けない」 「ほら、雅人だって」 「なるほど」 「でもこれ、勝っても負けても嬉しいんだけどね?」  私が肩をすくめると、彼がやさしく目を細めた。  心を込めて「好き」とつぶやくと、彼がこちらの頬を撫でて「好きだ」と囁く。  違う声の響き。  でもきっと、おなじ彩り。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

176人が本棚に入れています
本棚に追加